人生の最期をどこで迎えたいか、という問題。住み慣れた自宅で、という人が多い一方で、政府の調査によると、7割以上は病院で亡くなり、自宅で亡くなった人は1割にも満たないそうです。家族を自宅で看取ることができる人は、今の時代多くありません。『20代、親を看取る。』は、母親が余命わずかだと知った著者・キクチさんが、父親と二人三脚で母親の自宅介護をし、最期のその時を看取った日までの日常を描いています。

キクチさんが中学生の頃、お母様が乳がんだと診断されてから、学生のうちから親の死を感じながら生きることになりました。

 

右胸の術後、投薬治療を続けて数年後に寛解状態になり元気になったお母様でしたが、がんの転移があり脳腫瘍だと診断されました。
10回の放射線照射を行うも体が動かなくなり、緊急入院に。この時点で脳腫瘍のことを知らされたキクチさんは、お父様と主治医の先生から母の病状についての話を聞きます。

 

医者の説明は、素人目線だと全然納得いかないものでした。
寝たきりになってしまった母から看護師さん経由で届いたLINEは「全然よくならないから、他でスーパードクター探して」というもの。医師の提案よりも母の気持ちを大切にし、他の病院を探すキクチさんとお父様。

セカンドオピニオンの病院では、母の病状や治療法をわかりやすく丁寧に教えてくれました。そこで余命をはっきりと告げられた二人は、母を自宅で介護することを決めます。

 

自宅介護とは、要介護者の現実に向き合うこと


自宅介護を始めると、必須になるのが要介護者の排泄物の処理。介護士さんからやり方を教えてもらう時、キクチさんはお母様の体を見て少しネガティブになります。

 

各話の終わりにあるキクチさんのコラムからも、自宅介護の実態と介護者の素直な声が伝わります。興味深かったのは、キクチさんは母親が赤ちゃんのように食べ物をボロボロこぼす姿にしんどくなっていましたが、父親はそんな妻を「かわいい」と思っていた、というところ。家族のそれぞれの関係でも捉え方が変わるんだ⋯⋯とハッとしました。

 

キクチさんのお母様の人柄が見える日常


キクチさんのお母様は脳腫瘍になる前、パタンナーをしていて、仕事も家事もテキパキこなすリーダー気質のスーパーレディでした。キクチさんは自宅介護をしているうち、母親がどんな人かわからなくなりますが、病気の影響で寝たきりで無表情になっても、わずかな言葉や仕草でどんなお人柄だったのかが伝わるのです。
脚が痛いというお母様に対し、キクチさんがストレッチをしてあげるシーン。

 

かつてのスーパーレディの片鱗が見えるこの言葉に、脳腫瘍で記憶が混乱しても、その人本人の本質が変わってしまうわけではないと感じられます。また、本編の間に挟み込まれるスペシャルコンテンツでは、お母様が作ってくれたワンピースの写真があり、思わず涙があふれます。
 

看取りの日までの残り時間を考えて準備する


刻一刻と進んでいく病状を目の当たりにする自宅介護だからこそ、最期の日を「自分ごと」として心構えができる。そう感じるのが、キクチさんとお父様が、看取りの日までの残り時間と、それまでに何ができるかを考えるこのシーン。

 

この準備ができる、というのは自宅介護の素晴らしい面の一つなのだと思います。
キクチさんはコラムで「後悔しない看取り」というのは難しいけれど、タスクを足していくのではなく、「これだけは絶対にやっておきたい」という最低限の”後悔しない”ラインを決めることが大事だと語っています。

本作は、辛い涙のシーンはあれど全体的に悲しみに留まっているというよりも、少しでも今できることをやって前に進んでいこうという明るさが感じられます。これは、お母様から受け継いだキクチさんのお人柄なのでしょう。

自宅介護だからこそ味わう感情と体験を、絵とコラムで細かく丁寧に描いてくれたキクチさん。親を看取る全ての人たちを助けてくれる作品です。
 

 

『20代、親を看取る。』第1〜3話を試し読み!
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<作品紹介>
『20代、親を看取る。』
キクチ (著)

母親の余命がわずかと知り、最期の時間を家族で過ごすために自宅介護を選んだ20代の作者。そんな彼女が体験した自宅介護の現実や、“親との死別”と向き合う中で複雑に揺れ動く感情を描いたコミックエッセイ。

作者プロフィール:
キクチ

2016年頃に、自身の片耳難聴や子宮内膜症をテーマにした漫画をInstagramに投稿し始める。2022年の年始からは、母親の自宅介護について描いた漫画「親の介護はじめました」を連載開始。執筆中に母親を看取り、タイトルを「20代、親を看取る。」と変えて投稿を続けていく中で、多くの読者から共感や支持を集める。
Twitterアカウント:@kkc_ayn


構成/大槻由実子
編集/坂口彩