2人の恩人

中学2年生のとき、事故で両親が亡くなった。一人っ子だった私の生活は一変した。おばあちゃんと暮らせることになったのは本当に幸いだったけれど、転校して友達とも離れ、それまで目指していた有名私立高校もあきらめることになった。

混乱し、やがて理不尽に自暴自棄になった。思い出したくないような迷惑もかけたけれど、担任だった神野先生とおばあちゃんが辛抱強く見守ってくれたおかげで、どうにか道を踏み外さずに高校に進学。先生は間違いなく、私の恩人だった。

 

「なんの、頑張ったのはお前さんだよ。ところでおばあさんの具合はどうだ? ひとりで無理してるんじゃないのか」

年賀状のやり取りで、私の状況は報告していたから、先生はおばあちゃんが要介護になったことは知っている。普段はあまり人に相談することはないけれど、子どもの頃から知っている気安さで、思わず本音を口にした。

 

「ここ数年、ベッドにいることが多くて。デイサービスに週3回通っていたんですけど、去年あたりから、言葉がうまく出てこなくて。時々、人が変わっちゃったように癇癪を起すんです。ヘルパーさんもお願いしているんですけど、私以外のひとが触るのを嫌がるようになってしまって」

不満を言っているように聞こえてしまっただろうか。でも、胸につかえた漠然とした不安がとろとろとこぼれていく。

「そうかあ、しんどいなあ。おばあちゃんも心の底ではわかってると思うけど、どうにもならんのだろうな」

先生は、ゆっくりとお茶をすすった。

「ところで、お前さん、好きなひとはいないのか」

唐突な質問に、私は思わず苦笑い。さすが先生、自由だ。

「そんな暇がないですねえ。余裕がないんです、おばあちゃんとの生活に、余計な不安定な要素を入れたくないのもありますし。早く帰らなきゃって、いつも競歩みたいに帰宅してたら、彼氏どころか友達も疎遠になって、生活、ものすごくシンプルになってしまいました」

「時間は有限だからね。柚月がそうしたかったなら、それでいいと思う、先生は」

意外な言葉に、並んで座っている先生の横顔を見てから、気恥ずかしくなりまた足元に視線を落とした。月明りが、先生の使い込まれた靴のつま先を照らしている。

「でも、消えるものを必要以上に儚んだり、別れを恐れすぎたりする必要はない。そこに人間の力は及ばないんだ。失くすことを恐れるよりも、毎日に感謝して、柚月はそれとは別に自分の人生を生きるんだぞ。

なあに、若いお前さんは知らないだろうけど、世界はあっちもこっちも結構つながってるんだ。永遠の別れなんてないと思えば、怖さも少し、薄れないか」

その時玄関の前に、車が停車する気配があった。おばあちゃんを乗せたデイサービスの送迎車だ。聞きなれた停止音に、私は反射的に立ち上がった。

「先生、すみません、おばあちゃんが戻ってきました。一人で歩けないので、手伝ってきますから」

傍らを見下ろして、私は息が詰まった。

先生は、そこにいなかった。