この本は、資本主義の中で勝ち上がれる女性たちのフェミニズムはあくまでも1%のためのもので、99%の女性のためにはならないと切り捨てています。女性の中での分断をここまでクリアにした本は珍しく、99%の女性たちの事が考えられていないことに警鐘を鳴らすものとして意義のある本だと思います。

 

でも正直に言って、個人的には、ページをめくる手がどんどん重くなりました。私は企業の中での女性活躍を推進する必要性について、ダイバーシティがあったほうがイノベーションにもつながり企業価値も上がるという論理も使っていました。なので、特段フェミニストと名乗ってもいませんが、この本に共感をすればするほど、自分に矛盾も感じ、口を噤んでおいたほうがいいかなという気持ちにもなりました。

 

直接的に搾取をしていなくても、構造的に他の女性を踏み台にしていることはないのか。支配層に女性が増えたところで、その人たちが名誉男性的な価値観を持っていればなんら変わることはない。資本の論理に任せてきて実際に色々な人権侵害が起きている。それはそうだと思います。

ただ、一方で、1%と言われるかもしれない、企業内で働いている女性たちの多様性や歩んできた葛藤を見ることも必要ではないかとはやはり思いました。1%の人たちの中に、涙をのみながら上がっていき、その涙を後輩や娘たち世代に味わわせまいと、99%の人のためにもなる制度を作る人達は出てくると私は思いたいし、そのための発信をしたいとも思いました。

もちろんそのときに、99%の女性や他のマイノリティへの想像力を欠いてはいけない。血のにじむ努力をしてきたとしても、自分に相対的に恵まれた環境の下地があった可能性に思いを馳せ、傲慢であってはいけないとは思います。そして、コロナ禍でますます格差と分断が広がり得る中で、様々な状況の人への想像力を持ち、配慮ができる人が意思決定に参加するためにも、やはり指導的地位に占める多様性の確保は必要だと思います。

前回記事「ウイグル問題から考える、SDGsに配慮した消費のカタチ」はこちら>>

 
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