「子供の名前、考えなきゃね。やっぱり日仏両方で通用する名前がいいかな」

不安から解放されたこともあり、リュカは浮かれっぱなしだ。

「女の子ならレナ、ジュリ、アンナ、エマ……他にもいろいろあるけど、男の子だとルイ、ユーゴ、あとはケンゾーくらいしかないんだよね」

「……蘭、もう調べてたんだ?」

満面の笑みで顔を覗きこまれ、「別にぃ?」と、そっぽを向いてごまかす。

「じゃあ日本の名前にしよう! ヨシキとかリュウイチとかさ!」

日本贔屓のリュカは即決し、好きなアーティストの名前を羅列し始めた。

子供がフランス社会で育っていくことを考えると、フランスの名前を付けたほうがいいのかもしれない。でも日常的に日本との関係を保ち続けるのが難しいからこそ、私も子供には日本の名前を付けたいと思っていたのだった。

「フランス人にも発音しやすい名前にしなきゃね」

私の耳にはフランス人の「R」の発音は「H」にしか聞こえず、皆から「ラン」というより「ハン」と呼ばれている。でも、もし本当に「HAN」という名前だったら、フランスでは「H」を発音しないため「アン」と呼ばれることになる。

あれこれ考え始めると楽しくて、やっぱり「男の子 人気の名前」でネット検索してしまう。お互いに「イチオシの名前」を発表しあっては、少しずつ候補を絞っていった。

 


「もう私を女として見られなくなったわけ?」


「ちょっと違和感があっただけ。安定期だし大丈夫」

「いや、やっぱり止めよう」

「痛いわけじゃないし、体位に気をつければーー」

「無理することない」

リュカは労わりとも怯えとも取れる気弱な笑みでそそくさと下着を身につけ出し、私は「自分のことしか考えていないダメ親」の烙印を押された気がした。

 

赤ちゃんの無事がわかって盛り上がり、ソファでいちゃついているうちに、ここ数ヵ月ご無沙汰だった営みへと自然に移っていった。が、一瞬お腹が張ったような気がした。ただそれだけだったのだが、咄嗟に「あ」と漏らしたことでリュカのほうが完全に引いてしまった。

私や赤ちゃんを気遣ってくれているのはわかるけど、ちょっと神経質すぎるんじゃないか……今までもそう感じることは多々あったが、セックスを止められるなんて。

恥ずかしいやら悔しいやら、急に蓋をされた性欲の行き場もなく、じわじわと積もっていたストレスが爆発した。

「もう私を女として見られなくなったわけ? 子供ができたら目的達成?」

子供を楽しみにしている自分も嘘ではないが、その子供に対して密かに敵対心にも似た感情が芽生えていた。

――私はずっとリュカに愛されていたい。ずっとリュカの一番でいたい。

でもそれを口に出すのはあまりに大人気なくて、さらに苛立ちが募り泣きそうになる。

「馬鹿言うな、そんなわけないだろ」

笑うか謝るかして慰めてくれるものと踏んでいたのに、リュカは意外にも気色ばんだ。

「僕だってしたいよ、でも今一番大切なのはーー」

「ハイハイすみませんでしたッ! どうせ私は常に自分が一番ですよ!」

最も言われたくなかった言葉をカッとなって遮る。いつだってリュカは正しい。それが息苦しい。

「誰もがそんなにすぐ、まっとうな親になれるわけじゃないんだよ!」

情けなさと怒りで目が眩む。乱暴に服を着ると逃げるように寝室に飛び込み、リュカの呼びかけには耳を塞いで布団をかぶった。