自分を認め、解放するための7箇条


河合さんが提案する、何者にもなれなかった中年世代が人生を仕切り直す7箇条がこちらです。

第一条 組織人をやめ、仕事人になれ!
第二条 上司に嫌われる勇気を持て!
第三条 自分の心に従う決断をせよ!
第四条 自分を諦めるな!
大五条 負けた人がいちばん強い、と心得よ!
第六条 ぼんやりと生きろ!
第七条 裏切られてもいいと開き直れ!――『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』より

はっと我が身を振り返りたくなるようなものが、一つはあったのではないでしょうか。

会社にとって都合のいい人になるのではなく、自分のささやかなミッションを見つけてコツコツと働く。「実はやってみたかったこと」を始めるコツ。「負けた」経験で人は成熟する。ぼんやりする時間は、人が人でいるために必要な時間……。

この7箇条はどれも、これまで約20年間続けてきた「頑張り方」とは違う戦法だと思います。このタイミングで、思い切ってモードを切り替えること。それが、人生後半の幸福度を上げる第一歩です。

 

何者にもなれなくて「よかった」?


「何者にもなれなかった」と感じることが、人生後半をリスタートするきっかけになります。ここでこの「ちょっとした敗北感」を受け入れることが、人生の幸福度をV字型回復するチャンスになるのです。

そもそも、「何者になる」ことがなんだっていうのでしょう?

組織人として成り上がったり、人目を惹く肩書を手に入れたりしたとして、それは私たち自身を幸せにするのでしょうか。周囲の「何者かになった」人たちを冷静な目で観察してみると、必ずしもそうではない事実に気づくかもしれません。

課長になった人、部長になった人、役員になった人……。そんな人たちが、私たちよりも圧倒的に幸福に見えますか? むしろ、急激な時代の変化・価値観の変化についていけず、私たち以上につじつまが合わなくなってきている可能性だってあります。

「何者にもなれなかった」というみなさんの嘆きは、“あちら側”に行かなくて済んだということでもあります。――『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』より

「何者にもなれなかった」と向き合った私たちに待っているのは、「誰にも強制されない、私自身が形作る人生」です。


人の寿命が延びることで、人生はよりエイジレスになっています。年齢でキャリアを決めつけるのはナンセンスになりつつありますが、会社や業界に縛られた働き方をしているとそのことになかなか気づけません。

「何者にもなれなかった」私たちは、まだ思考も働き方も柔軟に切り替えられるぎりぎりのタイミングで、「自分で人生のつじつま合わせをしにいく」モードに切り替えられるチャンスをつかめたラッキーな人種なのかもしれないですね。


文 /梅津奏

 


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