条例には通報義務も盛り込まれており、子どもを残して回覧版を届けに出た親を見た人は、当局に通報しなければなりません。現時点では罰則規定はありませんが、条例を厳格に適用すれば、子どもを残して一瞬でも家を出た親を見かけた場合、皆が即座に通報するという社会を目指すという趣旨にならざるを得ません。

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さらに驚くべきなのは、この条例を提出した自民党の県議団は、子どもを預けるための各種施策が現時点で未整備であることを認識していることです。メディアの取材に対し県議団は、条例の制定と合わせて、各種整備を進めていく方針であると説明していました。つまり、この条例が可決された段階では、子どもを預ける施設や仕組みが十分ではありませんから、多くの親御さんたちが、支援策が整備されるまでの間、仕事をやめざるを得ないことが大前提ということになります。

 

そうなると、ひとり親の世帯は埼玉県に住むことはできないとの解釈にならざるを得ません。専業主婦(主夫)や、共働きの場合でも、家計に余裕があり、シッターなどを雇える人、あるいは余裕のある職場で、夫婦どちらかが日中に時間を確保できるような人だけが住める社会ということになるでしょう。

日本は諸外国と比較して子育ての環境が劣悪であり、これが少子化を加速させ、女性の就労を阻んでいるとの指摘は、それこそ何万回も行われてきました。しかし、すべての人が安心して子どもを預けるための仕組みは一向に整備されず、一方で、親に過度な負担を強いる政策が行われようとしているのが偽らざる現実です。

意識的なのか無意識的なのかは分かりませんが、今回の条例案には、基本的に一貫した価値観が流れているように見えます。それは、専業主婦世帯や人を雇える世帯など、経済的に余裕があるか、女性が家で家事を行う世帯が標準的であるというものです。

もし子どもの放置を本当に防ぎたいのであれば、行政や企業に対して、子どもを預ける仕組みの整備を義務付ける流れになるはずであり、制度が未整備のまま、家庭にだけその義務を課し、しかも相互に監視させるという内容には決してならないでしょう。

今回、ギリギリで条例案は取り下げられましたが、委員会などでの議決を経てきた流れを考えると、少なくとも埼玉県ではこの条例案に対して一定の支持があったということになります。

こうした価値観が日本社会においてまだ残っているのだとすると、日本の子育て環境が改善されるまでには、まだ長い道のりが残されていると言わざるを得ません。


※11月14日に記事の一部を修正しました。

 

前回記事「マンション価格の次は「家賃」の高騰がやってくる?「必需品ほど値上がりする」インフレ政策の大きな弊害とは」はこちら>>

 
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