とんとん。

再び、誰かが私の肩をたたいた。

誰もいないところから。何かが、強い意志を持って。

体中の毛穴が開くような感覚があった。

誰かが、何かを、伝えようとしている。私に。このフライトを担当している私に。

背後を振り返った。誰もいない。なぜか怖いという感覚はなかった。頭のなかは妙に静かで、ゆっくりと確信めいたものが広がっていく。

 

先月、扉が動いたのは爆発物に対する「警告」だとしたら、今日のこれもサインかもしれない。大きな事故を防ぐために。シバタ様が言うとことの「人ならぬもの」からの、痛切な訴えかもしれない――。

そんなことがあるはずはないとわかっているけれど、叩かれた肩のあたりは、なぜかじんわりと温かい。恐ろしいお化けだというなら、もっとぞっと冷たいはずなのに。

不思議なことに今感じるのは恐怖じゃない。使命感? 連帯感? 湧き上がる気持ちの名前はわからないけれど、祈るような気持ちで私は立っていた。

「〇〇航空オールスタッフ、今から搭乗予定のお客様全員に、先ほどの件についてお心あたりがないか尋ねてください。お申し出がない場合は、緊急措置として再度Xレイによる手荷物および身体検査を実施します。安全のための判断です。大きなクレームが予想されますが、ご理解いただけるよう、誠意を尽くして説明をしてください。ゲートインチャージ、放送をかけてください」

無線から、オールコールが入った。後輩も、緊張と戸惑いの表情でこちらを見る。こんな経験はしたことがない。

「先輩……これは、お客様にご納得いただけるんでしょうか。相当、遅延しますよね」

入社3年目の後輩が、不安そうにささやいた。すでに機内に案内されるのを待って、ゲートのまえにはお客様が並び始めていた。

「……ご納得いただけなくても、お願いするしかない。安全のためよ。私たちが今、頑張らないと。このフライトにナイフを持っている人が乗っているみたい」

「え!? ど、どういうことですか?」

「説明している暇はないけど、あえていえば虫の知らせ。予兆、サイン? なんでもいいのよ。事件が起きて取返しがつかなくなるよりずっといい。さあ、今から、放送をかけるよ。私が先頭で対応します。時間との勝負よ」

私は、まだじんとする肩を触り、大きく深呼吸。

お客様の安全は、何よりも優先される。たとえどんなに苦情が出ても。私は意を決して、アナウンスを開始した。

次回予告
高級タワーマンションで、中学受験ママ友グループラインにご用心。

小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

 

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