もう、自分一人の身体じゃない


「蘭、なんか痩せた? 私なんて食べつわりが終わっても食欲収まらなくて」

 

ビデオ通話で、確かに先月より顔が丸くなった久実子に心配されて苦笑いする。

「お腹の調子が悪くてさ……最近はよく腸がぽこぽこ動いて変な感じだし」

「それ、もしかして赤ちゃんのしゃっくりなんじゃない?」

おかしそうに指摘されてびっくりした。お腹のなかでしゃっくりとは想像外だったが、胎動のひとつとしてよくあることらしい。今後「ぽこぽこ」はトイレ警報ではなく、赤ちゃんの生存確認になるのかと感動する。

「こちら、赤ちゃんの性別がわかりまして……女の子でした!」

高校時代から「友達のような仲良し母娘に憧れる」と語っていた久実子だから、その喜びは計り知れない。今から娘を溺愛する姿が浮かんでにやけてくる。

久実子が見せてくれたエコーは3Dで日本のハイテクぶりに目を見張るが、それ以上に胎児が既に「人間っぽく」なっていて感嘆する。

「毎月エコーとれるの羨ましい。こっちは妊娠確定後、全部で三回しかないんだ」

「そりゃ少ないねぇ……蘭の次のエコーはいつなの?」

「二度目が来週。最後は妊娠第三期だから、日本でいえば八、九ヵ月目かな」

日本では妊娠初期、中期、後期というが、フランスでは一期、二期、三期と呼ぶらしい。各期一回のエコーというわけだ。

「でも性別はもうわかるんじゃない? 蘭はどっちがいいの?」

「んー、もし女の子で私に似たら手の付けようがないから、どちらかといえば男の子かな。男のことは男に任せられるし」

その男リュカは「女の子がいい! 蘭に似たらいいなぁ」とぬかしているので、どちらにせよ頼る気満々でいるのだが。

「前回は胎嚢が剥がれそうだから、激しい運動はするなって言われて――」

「えッ、それ一大事じゃない⁉ ちゃんと安静にしてた?」

気楽に語り出したら久実子が血相を変え、焦った。階段は使わず、重いものは持たず――私がもごもご数え上げると、目を吊り上げる。

「もっと気を付けなきゃダメだよ。具体的にはなんて言われたの?」

「ちょっとよくわかんない……でも技師もそんな深刻そうじゃなかったし」

「もぉ適当だなぁ! リュカさんは説明してくれなかったの?」

「いや、そう、心配性のリュカが特に指摘しなかったんだから、日常生活は大丈夫、的な?」

「信じられない! 他人事じゃないんだよ!」

こってり絞られてシュンとする。あまりに無頓着だっただろうか。

「自分一人の身体じゃないんだから。ちゃんと妊婦としての自覚を持つこと!」

久実子に約束させられ、身を縮めて通話を切った。そしてどっと不安が押し寄せる。お腹に手を当て「大丈夫かい? 大丈夫だよね?」と赤ちゃんのご機嫌伺いをしてしまう。

私の不安はリュカに伝染し、二人とも気もそぞろでエコーの日を祈るように待った。

 
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一難去ってまた一難。妊娠中の夫婦事情はーー?

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『燃える息』

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なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)

依存しているのか、依存させられているのか。
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――三宅香帆(書評家)

現代人の約七割が、依存症!? 
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人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!


撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙



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