藤竜也さんとは独特の空気感みたいなものがあって“ちょっといい時間”でした


高野豆腐店の一日は、父と娘の豆腐作りから始まります。
師匠である父・辰雄の一挙手一投足をじっと見つめる娘・春(はる)、その緊張感が溶けるのはすべての作業が終わった後、できたての暖かい豆乳を一緒に飲む瞬間です。父娘ケンカの最中でも、言えない思いを抱えているときも、繰り返されるこのルーティンは、作品が描くゆるぎなく穏やかな日常の象徴にも思えます。

 

麻生久美子さん(以下、麻生):大きな事件が起こる作品ではないし、大袈裟なことはしたくないなと。この映画にはなんかふさわしくない気がして。 チャーミングではありたいけれど、コメディになりすぎないようにということも気を付けました。

 

物語の舞台は広島県尾道市。一度は結婚したものの実家に戻ってきた春は、以来、父のもとで豆腐作りの修行をしています。明るく朗らかで、仕事愛、というか「豆腐愛」にあふれる春は、どこか麻生さんにも似ている気がしなくもありません。


麻生:監督からは、みんなから愛される人と言われました。脚本を読んだ感じでは、明るくて、社交的で、話好きで、ちょっと世話好きなのかな。藤さんがとってもチャーミングに辰雄を演じていらしたので、そういうところが春にもあるといいかなと。長い時間を一緒に過ごしているから、頑固な部分も似ているかもしれません。

今回の映画を麻生さんが「ちょっといい時間でした」と語るのは、家庭の事情でご自身がお父さんと一緒に暮らした経験をあまり持っていなかったから。藤竜也さんとのお芝居は「お父さんと暮らしていたらこんな感じだったかな」と想像するものだったようです。

 

麻生:二人して酔っぱらって、夜の商店街をあるく場面では、藤さんがアドリブで「ずいずいずっころばし」を歌い初めて、私は勝手に藤さんと腕を組んで。そういう台本にないことが自然と出てきましたね。藤さんのお芝居には、独特の空気感みたいなものがあるんです。最初はお芝居をしていない姿が、あまりにカッコよくて素敵だなと思っていたんですが、お芝居をご一緒したら……お芝居をしている感じがしないんです。お仕事にすごく情熱があって、でも楽しんでいらっしゃって……でも普段はそういうすごさを一切出さない。本当に優しくて、魅力的な方です。