後半こそが、人生の醍醐味
「ママ? 良かった、出た~。ちょっとさあ、今夜、カレーの下準備してくれたじゃん? あとはルー入れて30分煮込んでね、って言ってたけどさ、ルーって何ブロックいれるの?」
「え、ええ~!? そりゃ、その鍋の大きさならたっぷり4杯分だから……箱のウラを見たら分量わかると思うよ」
智美は説明しながら、土曜日の午後、まだ夕方なのにもう夕飯の仕上げ? と首をかしげる。
「OK、OK、やってみるよ。パパがさあ、よくわかんないから今のうちにきいとけ! とかいうからさ、楽しんでるとこ悪いね。ちょっとパパ、他にもなんかあるとか言ってたじゃん、まとめてきいちゃえよ」
ごそごそと音がして、昭一が電話に出る気配があった。
「昭ちゃん? ありがとね、おかげさまでこちらは無事に札幌について、ホテルにチェックインしたよ!」
「お、そうか。札幌のスバルホテルだったな? せっかくの旅行なんだから、もっと奮発すればいいのに」
「充分贅沢だよ~。今夜はライブだからさ、遅くなると思う。気にしないで寝てね」
すると、不思議なことに昭一は電話の向こうでちょっと沈黙した。
「……ほんとにライブだよね?」
智美は思わず目を丸くして、それから吹き出しそうになった。
「うん、ほんと! あとで写真送るね。でもさ、ちょっと引かないでよ? 実はね、ライブに行きたかったのは冴子じゃなくて私なの」
「けっ、そんなのとっくに知ってるよ。」
「え!? 知ってるの? 何を? どこまで?」
思わず赤くなり声が裏返る智美の声は、スピーカー通話で流れたらしい。昭一と斗真の笑い声が同時に聞こえる。
恥ずかしくてついてしまった慣れない嘘と、気がつかないフリの、優しい嘘。
じんわりと、境界線が笑いの中で溶けていく。
「とにかくさ、気を付けて帰ってこいよ。夜遊びはほどほどになあ」
ひとしきり笑うと、昭一がのんびりと間延びしたような声でそう言った。
「うん、そうする。多分、夜ちょっと我慢できなくて面白い写真送っちゃうかもしれないけど、もうこの際、笑ってよね」
「げー、なに、ちょっとコワいよ、ママ絶対滑るからなあ」
智美は電話を切ってから、飾りつけられた部屋を見回す。我ながらしょうもない秘密だ。これを暴露するのはまだ早いような気もする。まだもう少し、にやにやしながら楽しみたい。いや、もしかしてとっくにバレてる?
とりあえず「隼人くんお誕生日おめでとうケーキ」と装飾をバックに自撮りをして、冴子と藍里に送信した。
冴子:ぎゃー! ほんとに行った! 札幌!
藍里:しかもなにこのケーキと飾りつけ! 智美最高。当然おひとり様で完食するんだよね? アラフォーには修行! 修行!
同時に入ったメッセージに、智美は今度こそ声を立てて笑った。
大丈夫、人生にはまだまだ新しいことも、楽しいことも、たくさん待っている。
智美は深呼吸をして、それから念願のライブに出発するために、勢いよく立ち上がった。
大手航空会社のCA、結子は世界中をフライトして20年、ハリのある毎日だが、時差がキツイ年頃。ところがある日、突然教官に抜擢されて……!?
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