加齢による「衰え」と麻痺の「回復」の追いかけっこは、まだまだ続く
後遺症の残った手を、自分でうまく動かすことができない「廃用手」と表すことがあります。ものを押さえたり引き寄せたりといった動作ができると「補助手」、ほぼ以前と変わらない動きができると「実用手」。それにしても「廃用手」とは、なんて強く、悲しい言葉でしょう。
私の右手は現在、おそらく「補助手」。でも、頑張って動かしていれば、いつか「実用手」になれるかもしれません。でも、動かさずに左手ばかりを使っていると、「廃用手」に逆戻りしてしまう可能性があるのです。
どうやら年月とともに関節が固まる「拘縮(こうしゅく)」が起こり、身体全体のバランスも悪くなってしまうケースが少なくないよう。これを防ぐためにも、動かすことでこわばりを防ぎ、失われた筋肉を復活させていかないと……!
そう、ちょっとでも回復させたいなら、とにかく動かさなくてはダメなのです。でもそうすることで、回復曲線を横ばい以上にできるはず。
とはいえ悲しいかな、いつの間にか左手に頼った生活をしてしまう私。左麻痺の方々が、左手を使わなくなっていくのも無理はありません。利き手が絶好調で、もう片方が動きにくいうえにすぐに疲れちゃうんですから……!
では、脚はどうでしょう。こちらも元気な左脚に頼ってしまうため、左の腰が慢性的に痛いのです。
我が脳卒中メイトたちとも、「お尻が痛い〜。いいマッサージャー知らない?」「私は杖を持つ手に常に力が入っているらしくて、またマメが潰れた〜」と嘆きあっています。つくづく、身体はそれぞれに「連動」しているんだなあ、と思う日々です。
リハビリ病院に入院中、私は各療法士さんに「ルポを書く予定なんですが、何を知りたいですか?」と聞いて回りました。
すると、みんな口々に「退院後の生活や仕事について、知りたいです」と答えてくれました。入院中はすぐそばで見られた患者さんの回復を、退院後はまったく見られなくなってしまうから、というのです。
確かに。急性期病院もリハビリ病院も「卒業」してしまった私たちのその後を、病院のスタッフのみなさんが知るすべはないでしょう。とくにコロナ禍では、気軽に病院に遊びに行くこともできません。
今後入院してくる患者さんたちのためにも、「その後」の情報が共有できる仕組みができればいいのになあ、と思います。
おそらく私の人生では、加齢による「衰え」と麻痺の「回復」の追いかけっこが、今後も続いていくのでしょう。衰えについては素直に受け入れつつ、回復については絶対にあきらめないよう、(今のところは)心に誓うのでした。
写真・文/萩原はるな
構成/宮島麻衣
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