増えた体重は、どこに?


「推定2100g、低出生体重児の可能性があります。羊水も少ないので、モニターを付けて様子をみましょう」

お腹に分娩監視装置を巻きつけられ、胎児の心拍数と陣痛圧が波グラフで表示されるのを眺めながら、私はやるせなくて仕方なかった。

「二ヵ月前のエコーから500gしか増えてないなんて! 一気に増えた体重はなんだったの? ただの脂肪!?」

日本のようにこまめにエコーをとれていれば、事前にわかっていたことなのに……悔しくて歯がみするが、今更遅い。心配そうにグラフを眺めるリュカと、お腹の赤ん坊に、無意識に「ごめん」と謝っていた。

モニタリングの結果「やはりまだ生まれそうにないので、近くで散歩でもして昼にまた来てください」と追い出された。陣痛の痛みの合間を縫って産院の中庭を練り歩き、ひたすら赤ちゃんの無事を祈る。

 

「身体が小さくても早産ではないし、きっと問題ないよ」

 


リュカはフォローしてくれるが、責任を感じてしょぼくれていると、入院バッグに忍ばせてきたちょっと高級なチョコレートを差し出された。私を元気付けるには餌付けが一番とよくわかっている。

「お腹空いたよね。近くにパン屋とかスーパーがあればいいのに」

日本の総合病院にはだいたい食事処があるが、ここには自販機のスナック菓子くらいしかない。だからと言って、今から昼ご飯を探しに行くのはリスクが高いし、気も乗らない。

「私はいいから、リュカはなんか食べてきなよ」

「大丈夫。それよりちょっとだけ仕事の返信しちゃうね」

「あ、私も親と久実子に連絡しとこう」

並んでベンチに腰かけ、チョコをかじりながらスマホをいじる。突然強くなった日差しに顔を上げると、厚い雲が途切れ太陽が顔を出し、淡い水色の空が続いていた。その色味はたっぷり水を含ませた水彩絵の具を彷彿とさせ、いつか子供とお絵かきをしたりするんだろうな、とごく自然に思い描いている自分に気付く。

突然、この日常的な風景が非日常に反転するのを感じた。こうして夫婦水入らずでぼんやりすごす時間も、しばらくお預け……

――まぁ、それもアリだな。

ベンチに座る自分たちの間に小さな男の子が座っている絵を想像すると、なんだかお尻がむずむずした。よっこらせと立ち上がり、少しでも早く産んでやれと、陽を受けて白く光るアスファルトを歩き出した。

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蘭に本格的な陣痛が訪れて......!? ついに『アパルトマンのふたり』最終話!

<新刊紹介>
『燃える息』

パリュスあや子 ¥1705(税込)

彼は私を、彼女は僕を、止められないーー

傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)

依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)

現代人の約七割が、依存症!? 
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!


撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙

 

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