42歳のCAが知った“本物”のジェネレーションギャップ


「あの、先生、今日の授業の終了予定時刻をうかがってもいいですか?」

「しゅ、終了予定?」

思わず目をむく結子の心情に一切の忖度はないまま、訓練生は自然体で言い募る。

「両親が東京に来ているので、確実に合流できる時間を伝えたいです」

 

「か、確実に合流……。本日の座学訓練は、一応17時に終了予定です。でもそれはあなたたちの出来次第で、多少の延長はあり得るかしら」

教官の威厳をもって脅かしたつもりだったが、相変わらず訓練生はあっさりとうなずくと、スマホでさっとどこかにメッセージを送って、そのままスマホを机の上に置いた。

よく見ると、何人かはスタバのカップやスマホを机の上に出している。

そんなことは、20年前、結子が訓練生だった頃はあり得ないことだった。教官に失礼のないように、机の上はもちろんきれいに整えて待機するのが、せめてもの訓練生の節度ではないか。

――だめだめ、ここで舐められたら訓練にひびいちゃう!

結子はハッと我に返り、あらために鋭い視線で教室を見回した。内定したからといって自動的にCAになれると思っているのだとしたら、その考えを改めてもらわねばならない。

「皆さん、高い倍率を勝ち抜き、晴れて訓練スタート、おめでとうございます。でも、浮かれた気分はここまで。この厳しい訓練を乗り越えたらば、お客様の前にCAとして立ちます。覚悟はできていますか? お客様から見たら新人もベテランもありません。保安要員としてもサービスのプロとしても、一流の品質が求められるのがこの仕事です。まだ学生気分が抜けない人もいるかもしれませんが、この2か月であなたたちを一人前のCAとして鍛え上げるのが私の役目。心してついてくるように」

キマッた。結子の言葉に、訓練生たちはしーんと静まりかえる。浮ついた雰囲気を一掃することができたようだ。

すると一人、さっきの帰る時間を尋ねた子とは別の子が、すうっと手を挙げた。

「訓練を辞退したい、適性がないと思ったときは、期間中にお伝えすればよろしいですか?」

「じ、辞退!?」

今度こそぎょっとした結子は、声が裏返ってしまう。辞退とはどういう意味だろうか。まさか入社早々、会社を辞めるということか。

「訓練についていけないと思ったら、早く判断をしたほうがいいと思いますので、具体的なスケジュールがわかるととてもありがたいです」

表情を見る限り、悪気もなければ、気負いもない。ただ素直に、質問しているのだろう。それが結子にとっては途方もなく空気を読まない質問に思えたとしてもだ。

結子はその日人生で初めて、本物のジェネレーションギャップというものを感じて呆然と立ち尽くし、それから深いため息をついた。

 


アラフォー美女の片想い


「ああ……今日は疲れた、スペシャル疲れた」

訓練初日、なんとか教官仕事を完遂し、レポートを書いて訓練施設を出たのが20時。そこから自炊する気力はなく、自宅最寄駅前、行きつけのおばんざいやさんに吸い込まれた結子は、生ビールを一口飲むと思わずカウンターにつっぷした。

「結子ちゃん、今日は遠いフライト? 珍しいね、そんなボロボロになってさ」

こじんまりした5人掛けのカウンターの中から、店主の洋二がにこにこときんぴらの小鉢を出してくれる。もう10年くらい通っているのですっかり顔なじみ。結子が黙って座っているだけで、ビールを1杯、野菜たっぷりのお惣菜に白いご飯とお味噌汁を出してくれる。

「フライトならこんなに疲れないって……」

廃人のごとくカウンターに頬を乗せる結子に、不意に背後から声がかかった。

「あれ、結子さん、ご無沙汰しています。なになに、長距離フライトより疲れることがあるんですか?」

「……! 久住さん! お、お久しぶりです……」

結子はがばっとカウンターから飛び起きると、ロングヘアを必死で手櫛でなおしてからぎこちなくほほ笑んだ。

カウンター席をひとつあけて並びに座ったのは久住孝弘、45歳。バツイチの新聞記者。

もう2年ほども、結子が一方的に恋をしている相手だ。
 

次週予告:
不器用な結子が密かに思いを寄せる孝弘。果たして距離を縮めることはできるのか? そして前途多難な訓練は?
構成/山本理沙


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