なぜお金をかけて中学受験をするのか……桃香が感じてきた違和感


「先生、そんなわけで、できれば気をつけて見てやっていただけますか」

翌日。30くらいのつるりとした若い男性担任に、桃香は深々と頭を下げた。個人名は出さなかったが、換金性の高いゲーム機械目当てとも思えるやりとりと、河川敷で1対多数のケンカになったことを話すと、担任も顔を曇らせ、注視すると約束してくれた。

「佐知さんは、成績もいいし落ち着いていますから、クラスでも一目置かれています。大きなトラブルになるとは考えにくいですが、僕も注意しておきますね。ちょっと大人びたところがあるから、佐知さんも現状の環境に物足りない部分もあるのかな……。中学受験のご予定はありますか?」

「え? 中学受験? まさか」

桃香はなぜ担任が急にそんなことを言い出したのかわからず、首を傾げた。同時に、佐知が成績もいい、と言われたことに驚いた。忙しくてあまりかまっていないし、本人に任せてあるので、最近はテストを見るということさえなくなっていた。

「先日、卒業生が何人か来て、中学生活について話してくれる機会があったんです。そこに私立中学に進んだ子もいたんですが、佐知さんがいろいろ彼女に質問していて、興味があるような雰囲気だったので、受験するのかな、と。……ああ、でも、そうですね」

桃香は、まだ若い担任が多少気まずそうに、急いでプリントをめくったのを見逃さなかった。なにがそうですね、なのか、悲しいことにピンとくる。桃香はシングルマザーだから、私立中学受験なんてするはずがないと思い直したのだろう。

「私立に進学すると、やっぱり昨日みたいなことはないんでしょうか?」

桃香は思い切って尋ねてみる。なにせ、桃香の学生時代の友達に中学受験をしたという人はいなかったし、忙しさから保育園時代のママ友とも疎遠になっていて今一つ事情がわからない。

「いや、まあいくら私立だからってそういったイザコザがないとは僕は思いません。僕も中学受験をして、中高一貫校にいたんですけど、やんちゃな子はいたし、もめごともありましたよ」

不自然に明るい笑顔になった彼の言葉に、桃香は本能的にむっとした。なんだか本当のことを隠されているような、建前を話されているような気がする。

「じゃあどうして高いお金を払って、小学生のうちから塾に通い詰めてまで受験する子がいるんでしょう? なにかメリットがあるんですよね」

桃香が素直に質問をすると、担任もつられたのか、頷きながら本音を口にした。

「環境を買うっていうのは確かにあるかもしれませんね。私立は有料サービス業の側面もありますから、IT教育や語学の授業など特色あるカリキュラムがそろっています。芸術に触れるイベントも多い。お子さんの視野を広げて選択肢を増やそうと思うなら、僕は中学受験もアリだと思います。公立の教師の身で、あまり大きな声でいうことじゃないかもしれませんが。経験者はそれを知っているから、昨今の中学受験ブームにつながっているんでしょう」

 

「環境……選択肢と視野……」

帰り道、桃香は担任の言葉を反芻していた。

これまであまり考えたことのないテーマ。しかしなぜか、妙にひっかかる。

桃香が時々、感じる疑問につながっている気がする。

長年不動産営業をしていると、高額な物件、顧客の収入をはじめとする個人情報、資産家の生態などを目にする機会もある。そのたびに不思議に思っていた。桃香の常識では、それを得る方法がまったくわからないような財産や知識を持っている人々。ドラマで見るような高飛車な人もいるにはいたが、たいていのお金持ちは社会的常識があり、コミュニケーション能力も高かった。

桃香は高校を出てから20年以上、今の仕事に必死で取り組んできた。失敗もたくさんしたが、叩き上げとして現場で生きたスキルを身につけた自負がある。

しかし仕事で出会った顧客たちはそれらを比較的若いうちに身に着けているように見えた。桃香よりも年下なのに、圧倒的に世慣れているのだ。おまけに社会貢献度の高い仕事に邁進し、活躍するための知力・体力が備わっている。

果たしてどこで身につけたのだろうか。そしてそれを、桃香は娘の佐知に与えられている?

そのヒントが、担任の言葉に隠れているような気がする。

もしかして学校なんて、勉強なんて、と一蹴してきた桃香にはうかがい知れない、しっかり勉強することのメリットがあるとしたら? 

「どうして子どもに中学受験をさせる人が増えてるの……!?」

桃香は生まれて初めて胸に沸いた疑問に、腕を組んでうーんと唸った。

 
次週予告:
さっそく中学受験について調べ始めた桃香が、まず訪れたのは……!?
構成/山本理沙


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