「ひとり親家庭でも、受験できますか?」
「う、うわ、すごい人……」
桃香と佐知は、国際フォーラムで衝撃をもって階下の人だかりを見ていた。
1000人以上はいるように見える。小学生を連れた保護者が、真剣な面持ちでひしめいていた。なかには両親がそろって来ている家もある。
「先生が"中学受験ブーム"だって言ってたけど、ほんとだねえ、こんな世界があるんだね。みんな近所の学校には行かないで、テレビでやってたみたいにめちゃめちゃ勉強してるんでしょ? 凄い世界だね」
桃香が傍らの佐知に小声で言うと、佐知も苦笑しながら答える。
「ママ、私たち場違いすぎない? もう帰ろうよ」
「ど、どこが場違いなのよ。ママジャケット着てきたし。ちゃんとして見えるはず。佐知はもちろんばっちり、この中で一番かわいい!」
「そういう意味じゃないんだけどさ。まあ、せっかく来たもんね、社会科見学だと思っていってみようか」
佐知はすたすたと列に並んだ。桃香は内心どきどきしていたが、周囲に気取られないようにすまし顔で後に続いた。10分ほど並び、会場内に進む。それぞれのブースのテーブルには立派な学校案内パンフレットが並べられ、教員が志望者に熱心に話をしている。整理券が配られている学校もあるようだ。
「わあ、制服のミニチュア! 可愛い……!」
佐知が入ってすぐ左のブースに駆け寄った。
「ごきげんよう。我が校の制服は80年以上変わっていないんですよ。校章の刺繍がポイントです。良かったらパンフレットをどうぞ」
シスターの格好をした先生が、にこやかに両手でパンフレットを差し出した。佐知は面食らった様子で、おずおずと受け取った。ブースに表示された学校名を見たが桃香にはさっぱりわからない。もっとも、桃香が知っている私立女子中学校などありはしないのだが。
「お名前は?」
「あ、国見佐知です」
「佐知さん、ようこそ。制服を気に入っていただいたのも神様がくださったご縁ね。質問があれば何でもきいてくださいね」
「えーと……先生のその恰好は、普段も同じなんですか?」
「そうです、私たちはキリスト教の教えを大切に、感謝の心を持ちながら女性が社会で活躍できる教育を目指しています。佐知さんは、どんな中学校生活をイメージしていますか?」
「……あの、本が好きなので、図書館が大きいと嬉しいなって」
するとシスターはにっこりと笑って、パンフレットをめくった。
「我が校の図書館は、蔵書10万冊以上です。自由に読めるように、ソファや暖炉のようなデザインのストーブを配置して、家でくつろぐように学校でも読書に没頭できますよ。佐知さんのイメージに合うといいんだけど」
「すごい! ハリーポッターの学校みたい!」
目を輝かせる佐知に、シスターは手をたたいて賛成した。
「本当にそうね、そんな風にいっていただいて嬉しいわ。OGの皆さんの多大なご尽力により、本もたくさん寄付していただいているんですよ」
しかし佐知はそこで表情を曇らせた。寄付、という単語のせいだと、横でやりとりに耳を澄ませていた桃香にはわかった。
「……あの、うちはひとり親家庭で、その場合も受験はできますか?」
しゅんとなった佐知に代わって、桃香が思い切って横から尋ねると、シスターは笑顔で手を合わせた。
「我が校にも、さまざまな環境の生徒がいます。そんな心配は無用です。パンフレットにある授業料や施設費、修学旅行積立などをご覧いただいて問題ないようであれば、高額な寄付が必要ということもありません。私たちはいつでも佐知さんを歓迎しますよ」
桃香と佐知は、シスターの意外にも温かい言葉に顔を見合わせた。
意外にも門戸の広い中学受験。しかし二人を悩ませるのは、やはりあの問題……。
第1回「美しき大黒柱の43歳に突然届いた、非情ながん検診結果。その時彼女がとるべき行動とは?」>>
第2回「「がんになった」と誰にも言えない。43歳で突然の「乳がん宣告」を受けた女性の迷い」>>
第3回「8歳年下と「結婚を考えない真面目な交際中」に乳がん発覚。43歳の彼女が一番に調べたこととは?」>>
第4回「周囲に離婚を言えない「シングルマザー」。8年越しの大恋愛から一転、子連れ離婚した女性の葛藤」>>
第5回「「好きな人ができた」出会って18年目の離婚。38歳妻の身動きを封じた夫の告白」>>
第6回「離婚後、誰にも頼れない...。38歳シングルマザーの窮地を救う「思いがけない発想の転換」とは?」>>
第7回「26歳で大好きな夫との死別。17年かけて平穏を取り戻した妻の心を波立たせる「意外すぎるモノ」とは?」>>
第8回「「最愛の夫が、交通事故に...」妻を襲った悲劇。死別を受け入れられない妻の苦悩と決断」>>
第9回「彼は亡き夫の親友。でも今は...?夫を忘れられない妻が17年間断ち切れない記憶」>>
第10回「アラフォーに告白は必要?セカンドバージン43歳没イチ女子「今さら恋」の結末」>>
第11回「「人生で1番好きな相手」と結婚しないとダメ?37歳商社マンが抱えるふたつの罪悪感」>>
第12回「「あなたと結婚しなかったことを後悔」一番好きだった人にそう言われたら...?アラフォーを揺さぶる禁断の再会」>>
第13回「既婚男の理性を揺さぶる「会いたい」の一言。昔の恋人からのSOSに、彼の下した決断は...」>>
第14回「「主婦が10分で2万円」の散財。40代、推し活は突然に...画面越しに覚醒した恋心」>>
第15回「推し活費、それは人生の光熱費...!43歳主婦の人生を明るく照らす「推し」のパワー」>>
第16回「43歳の恋が「禁断の一線」を超えた...出費20万円の行方とは?【推し活日記】」>>
第17回「「禁断の彼氏」バースデーで向かった先は...!?43歳が赤面した電話の相手【推し活日記】」>>
第18回「コロナ禍でCAがYouTuberに!?「桜子さん」になり損ねた美人CAに衝撃の辞令」>>
第19回「20歳年下の後輩に愕然...なぜそのメイク!?42歳CAが知った“本物のジェネレーションギャップ"【桜子さんにはなれなくて】」>>
第20回「新入社員の「親」からクレームが...?42歳CA、恐怖の新人研修【桜子さんにはなれなくて】」>>
第21回「「そのホラ貝みたいな頭、どうやって作るんですか?」20歳下のCAに詰められてタジタジ【桜子さんにはなれなくて】」>>
第22回「「彼のスマホを鳴らした相手は元妻?それとも...」42歳独身CAの、不器用な恋【桜子さんにはなれなくて】」>>
第23回「人生には「お金と努力」で手に入る近道がある?38歳高卒シングルマザーへの啓示【優しい嘘をひとつだけ】」>>
1