シングル母娘が行く道
「佐知、ちょっといいかな?」
桃香は、衝突した夜以来3日間、最低限しか口をきいていない佐知の部屋をノックした。普段はリビングで勉強することも多かったが、部屋にこもっているので意を決して声をかけた。
「うん」
佐知は、勉強机に座ったまま、返事だけしてこちらは見ない。
「勉強の邪魔してごめん。少し話してもいい?」
「……うん」
佐知は、ようやく椅子を回して、背後の桃香と視線を合わせた。
「ママ、佐知のいう通り、想像力が足りなかったよね。それで聡子ちゃんのママに実情を訊いたり、塾にも……実はパパにもこの3日間で相談したりしたの」
「聡子のママに!? っていうか今さらパパ!? そもそも連絡手段あったんだ?」
佐知が呆れたようにつぶやく言葉にかまわず、桃香はベッドに腰かけて話を続けた。
「全員に訊いた。私立中高一貫で、シングルマザーの家の子はやっていけるのか。答えは、求められたお金を払えるならば、何も心配はいらないって」
そんなはずはない。信也も真紀子も塾長も、学校の先生さえも、気にする必要なはいと言ってくれた。それでも佐知がこの先、髪一筋ほども傷つかず、一人親であることを全く気にせずに生きていけるかと言えば、それは欺瞞だと桃香は思う。
だけどそれを恐れてばかりでは、佐知はコンプレックスを抱えてしまうだろう。毒親に育てられて被害者意識を持ってしまった母親のように。
だから桃香は今、ひとつ嘘をついた。その嘘を、本当にするために。
「佐知、ママ、勉強に必要なお金は絶対になんとかする。贅沢はできないし、もしかして学校で一番くらい貧乏かもしれないけれど、絶対に最後まで通わせる。ママに万が一のことがあっても、パパに後見人になって貯金や保険で大学まで必ず進学させてくれるように頼んできた。パパ、むしろ嬉しそうだった。もっと早く頼めば良かったのに、ママがヘンな意地張って、佐知に淋しい思いをさせてごめん」
「そっかあ……パパって、私のこと応援してくれるのか。……あのさ、今度写真くらい見せてよね。思い浮かべようにも、顔も分かんないよ」
佐知は照れくさそうに笑った。
「うん。だから、佐知、第一志望はあの学校にしよう。毎月芸術鑑賞会があって、外人の先生が英語教えてくれて、スキーも水泳も指導してくれて、文化祭が大盛り上がりで、制服がとびきり可愛い。
女性の自立を掲げていて、そのための教育に長けてるんだなと思った。ママが佐知に教えられないこと全部、きっと学校が教えてくれる。面白くて賢い友達にたくさん出会える。
ママが知らない世界を、佐知はきっと見ることができる。
だからちょっと大変だけど……悔しいこともあるかもしれないけれど、佐知に挑戦してほしい」
一息に伝えた桃香の言葉に、佐知はすっかりいつもの笑顔で答える。
「ママ、違うよ、これは『二人』の挑戦。私たちはずっと二人三脚でしょ。頑張るのも、嬉しいのも、一緒。いいじゃん、シングル母娘の逆転大作戦。どうせやるならとことん、だよね」
佐知はそう言うと、久し振りににっこり笑って親指を立てた。桃香は胸がいっぱいになり、佐知を抱きしめる。
翌年2月3日の合格発表で、番号を見つけたとたん泣き崩れたのは、佐知よりも桃香のほうだったのは、言うまでもない。
2人の挑戦が、そこから始まった。
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