夜中のメールは禍のもと


木村信也さま

ご無沙汰しています。
お元気にしていらっしゃいますでしょうか。
年に一度のメール、いつも読んでいます。
返信に写真しか送らなくてごめんなさい。
何を書けばいいのかわからず、佐知の写真が精一杯でした。

離婚以来、業務連絡のみだった私から急にこのようなメールがきて
信也さんも驚かれていることと思います。
じつは佐知が中学受験をすることになり、
そのことで相談したいことがあります。
養育費の追加、といった類いのことではありませんのでご安心ください。
一度、お話できますか？

国見桃香

 

我ながら、可愛げのかけらもないメールだ。ご安心ください、と言われても、ちっとも安心できないだろう。わざわざ名字をつけているところも、無意識とはいえ、なんだか感じが悪い。

こういうところだったんだろうな、と桃香は夜の寝室でPCを打ちながら、視線を落とした。離婚する前、信也はいつもうんざりした顔をしていた。育児で余裕を失いながらも職場に復帰した桃香は、いつもキリキリしていて、余裕がなく、常に信也にもっと動いてほしい、助けてほしいと思っていた。それなのに諍いが嫌で、言うべきことも口にしない。不満は、毛穴から膿が噴き出すようにじくじくと溢れ、二人の空気を支配した。

 

夜に打った、楽しい内容でないメールは、すぐに送るべきではない。感情が高ぶり、そもそもそのメールが必要かどうかさえ、おひさまのもとで考えれば怪しい。桃香はそのことを20年におよぶ営業人生で学んでいた。メールは送信せず、下書きボックスにいれたままPCを閉じる。

このメールを送ったとして、信也がどんな反応を返すかはわからない。しかし途切れかけた、いやとっくに途切れた関係だとしても、佐知の親としての視点を共有できる人間は彼しかいないのだ。桃香には母さえいないも同然だから、頼れる身内はいない。内臓が震えるような孤独の中で、桃香は必死に目を閉じた。大丈夫、朝になれば、また元気になる。

佐知を守るたった一人の母親として、できることはなんだってする。朝になりさえすれば、また走れる。

仕事の疲れも相まって、その夜、桃香は夢も見ずに深く眠った。

次週予告：
ヒートアップする佐知の受験勉強。しかし次第に問題が浮き彫りになり……！？
構成／山本理沙


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