美女医登場、その威力
「こんにちは、鮫島里香さん。今日はどうされましたか?」
自由が丘の住宅街の一画。モダンで上品な建物があり、そこが紹介してくれたクリニックだった。外から見ると、病院だとは思わないだろう。エントランスを入れば吹き抜けで、自然光をうまく取り入れた、まるでエステサロンのような雰囲気だ。
「こんにちは。あの、美容ライターの友田夏美さんからご紹介いただいて……最近顔のたるみが気になってしまって、そのご相談に」
夏美が「優子先生」と呼ぶ女医は、30代に見えるが、クリニックを経営しているからには40代かもしれない。冴え冴えとした陶器のような肌が、何より広告の役割を果たしていた。黒い素直な髪をひとつにまとめ、清潔感のあるしわひとつない白衣や滑らかなストッキングに、里香は好感を持った。
しかし、病気でもないのに医師に相談するのは初めてで、何をどう言えばいいのか、口ごもってしまう。綺麗になりたい、若返りたいという気持ちを口にする気恥ずかしさだろうか。
「承知しました、ちょっとお肌を触らせていただきます」
「優子先生」は里香のマスクを外すと、両のてのひらで里香の頬っぺたを下からつつみこむように触れたあと、ごく軽く頬の余分な脂肪をつまんだ。とたんに羞恥が里香を襲う。なにもケアしないままこの歳まできたことがきっとバレてしまっただろう。美意識の高そうな彼女は内心呆れてはいないだろうか。
「なるほど、これはハイフというよりも、脂肪を融解するレーザーがいいと思います。まずはじゃまな脂肪を溶かしてしまいましょう」
「脂肪を! って、あれですか、よく聞く脂肪融解注射みたいな……」
あからさまに怯える里香に、「優子先生」は初めて職業的でない笑顔を浮かべた。
「それもありますけれど、里香さんがご希望ならば、レーザー治療も。詳しくご説明いたしましょうね。レーザーならばダウンタイムもほとんどありませんから、ご希望でしたらば今日このあと処置もできます」
「今日!? そんなにすぐできるんですか?」
ええ、と優子は微笑んだ。この数日のモヤモヤが、すうっと晴れていくいような心地がする。思い悩んでいたことが、あっという間に医療の力で解決できるとはなんて素敵なのだろう。お金さえ払えば、解決できる悩みって素晴らしい。
世の中には、お金ではどうにもならない苦しみがたくさん、沢山あるのだから。
「それでは、里香さんにぴったりの治療をいくつかご説明いたしましょう」
◆
――ほんとだ! 数週間かけてゆっくり効果が実感できるって先生言っていたけど……もう心なしか小さくなったような気がする!
クリニックを出て、駅ビルのショーウィンドウに映る自分の顔を見て、里香は思わず手を頬にあてた。他人は言われなければ気づかないのかもしれないが、里香には確かに違いが感じられた。一回り、顔が縮小コピーされているような気がする。
輪郭が引き締まったことで、リップが映えそうな気がして、思わず駅ビルに飛び込んで新色を買ってしまった。今日の施術代6万円と合わせて、予定外の出費ではあるが、これほど心が浮き立つのは本当に久しぶりのことだった。
悩みをこれほど素早く解決できるとは、なぜもっと早くクリニックに来なかったのだろう。
里香は桜を撮るふりをしてスマホで自撮りをすると、夏美にメッセージとともに送った。
『夏美、クリニックを紹介してくれてありがとう! 効果抜群! これは通っちゃう』
すっかりクリニックの効果に感心した里香が取った行動とは……?
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