「100万て、冗談だろ?」動揺する夫に、里香がぶつけた数年の葛藤


「なんのこと? 10歳年下って……話は見えないけど、それよりたしかに里香、肌がつやつやしてるとは思ってた。でも100万て、冗談だよね?」

いろいろな方向からのパンチで動揺する慶介に、里香は淡々と告げた。

この数年、ずっと頭の中で反芻してきた言葉だ。

「慶介、若いコがいいんだと思って、私一生懸命頑張ったんだよ。キレイになったら、社内不倫なんてバカな遊びから目を覚まして、戻って来てくれるかなあって思ったの。中目黒の可愛いコのマンションに入り浸って、うまくやってるつもりなのかもしれないけど……夏美にも見られてるくらいだから、社内でも絶対噂になってるよ」

 

「……!」

慶介は頬をひきつらせ、言葉に詰まった。まさか里香がそこまで知っていて、知らないフリをしているとは思っていなかったのだろう。舐められたものだ。

 


里香は、頭の片隅で、自分のことを「いやな女だなあ」と思っていた。こんなふうに責めたら心が離れていくに決まっている。効果的に、賢くいこうと思ってこれまで我慢してきたのに、一番下手を打っている。

わかっているけれど、止められなかった。

「慶介……この先どうしたいの? 離婚したい? それとも、このまま何もかも現状維持していくのが都合がいいのかな? でも亜由美チャンも、もう30歳でしょ? そんな無責任なこといつまでもしたら、彼女の人生だって取り返しがつかなくなる。自分が30歳の頃思い出してみてよ。結婚して、けっこう順調だったじゃない。そういう安心とか計画とか、彼女の人生のそういうの、全部台無しにしてるんだよ?」

「……いや、ちょっと落ち着けよ里香。らしくないよ」

「そうかな? 年上の古女房らしく控え目に、忖度しろってこと? まあ確かに、相手の女の人生なんて知ったこっちゃないんだけどさ。そういう無責任な慶介に、『これは浮気なんかじゃない、俺は本気なんだ』なんてLINE送るような真似はやめてもらいたいなと思って」

自分の痛いセリフとともに、見てしまった慶介と亜由美のいちゃいちゃメッセージがよみがえる。陳腐なセリフだ。それでも、それは里香が一番見たくないセリフだった。

じゃあ私との結婚生活は? 本気だったけど遊びになったの? そもそもはじめから本気じゃなかった? 年上の女が重くて、しぶしぶ結婚した?

喉の奥にぐっと涙の塊がせり上がってくる。目の縁に力を入れて、どうにかこらえた。泣いたら収拾がつかなくなる。

「……いつからそんなこと思ってたの? 全部知ってて、知らないフリしてたんだな」

慶介は、独り言のような調子で、唇をかんでうつむいた。おいおい、その態度をとりたいのはこっちだよ。里香が内心つっこんだ。クールなフリをしないと崩れ落ちそうだ。

「それってさ、俺が別れたいって言ったら、別れるの?」

慶介は、初めて芝居をかなぐり捨てた目でこちらを見た。

ついに、恐れていた状況がきた。

「さあ、どうだろう」

沈黙が二人の間に降りる。

里香は絶望した。この期に及んで、この話を正面から持ち出したらば、慶介が「申し訳なかった。でももうとっくに別れているんだ。信じてほしい」と土下座してくれないかなとどこかで期待していた。

そうしたら、意地もプライドも全部捨てて、里香は復縁したと思う。

しかしそれさえも、飽きられた妻の妄想なのだと痛感する。

「……俺たちって、いつからこんなになっちゃったんだろうな」

昭和のドラマみたいなセリフに、これ以上耐えられそうもない。ヒロインは里香じゃないのだ。そんな場面に1分だっているのはごめんだ。

「これからのことは、ちゃんと相談しましょう。……とりあえず、出て行ってくれる? 顔もみたくない。彼女の家にでも行ったら。どうせ入り浸ってるんだから、遠慮はもう無用よ」

里香が寝室に行くと、慶介は追ってくるでもなく、しばらくすると玄関から出て行く音がした。なにか特別に準備したり支度したりしなくても、女の家にすべてそろっているのだろう。どっちに住んでいるのかわかりゃしない。

子どもを産んでおけばよかった。そうすればカスガイになってくれたかもしれない。賃貸じゃなくて、ペアローンでも組んで家を買っておけばよかった。そうすれば諸々面倒くさくて離婚のハードルが上がったかもしれない。なんなら長生きするペットでもいい。

そこまで考えて、里香の目にこらえていた涙がじわりと浮かんだ。

慶介が犬を飼うのを「そのうちな」とやんわり拒否したのは、そう遠くない未来に別れると思ったからだ。それを、ほとぼりが冷めたら一緒にいられるのかもと期待した自分は、なんておめでたくて、独りよがりだったんだろう。

思いつくことの全てがダサすぎる。みじめすぎる。

自己嫌悪で流れる涙は、いくら流しても、里香の心を慰めることも潤すこともなかった。

心がねじ切れるほど、痛かった。
 

次週予告/
自分の気持ちと対峙する里香。果たして夫婦が出した結論は?
構成/山本理沙

 

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