神戸スタイルの64歳はアリかナシか


「お義母さん……ご無沙汰してます! あれ!?お義父さんは? ひょっとしておひとりでいらしたんですか?」

義母の早苗は、若草色のワンピースに白いカーディガンを着ている。初夏らしい、素敵なコーディネートだが、手にもっているかっちりしたハンドバッグにお揃いのパンプスと相まって、どうにも東京の65歳と比べると気合が入りすぎている。いわゆる抜け感ゼロ。それでも、すらっとした体型がゆえに着こなしているのはさすが神戸マダムといったところだ。

しかしそれよりも、晃司の話では義父と二人で引っ越しの準備に来るということだったのに、何か急用が入ったのだろうか。

「涼子さん、相変わらず気楽なカッコしてるわねえ。そうなの、今日は私一人よ、お父さん3月に定年してからすっかり出不精でね、どうせ来月引っ越すんだから今日は君だけで行ったら、って古いうちで片付けしてるわ。私は新居の細かいサイズ図ったりね、お役所の書類もらったり、そういうのいろいろあるでしょ。ご近所にちょっとしたもの配らないとならないし」

「そうですよね……。それにしてもお義母さん、今回は驚きました、あの素敵なおうち売っちゃったって、いいんですか、ちょっと驚いてしまいました」

すると早苗は、ふふん、と白けた目で涼子を見た。

「あんな広いだけの一軒家、最初からいらなかったのよ。今回は住み慣れた広尾にしようとしたんだけど、卒倒しそうなほど高くてね。まあ高輪でもいいわ。築30年のちーいさなマンションが6000万円もしたのよ、さすが都心よね」

「住み慣れた広尾? ってお義母さん、広尾に住んでたことがあるんですか? ていうか、6000万!」

孫の入学お祝いに1銭もくれなかったのに!? とはさすがの涼子も飲み込んだ。

「そうですよ、私、お嫁に行く前は広尾に住んでたの。昔は陸の孤島でね、不便なところだったけど、有栖川の緑が住人の憩いの場でね。ガーデンヒルズが出来て、急に人がたくさんになったけれど、前からの住人はけっこうあのブーム、冷ややかに見てたのよ」

 

どうやら、早苗は良いところのお嬢さんだったようだ。考えてみれば、涼子と早苗は二人きりで話したことは数えるほど。いつだって話題は晃司の昔話だったから、早苗自身の生い立ちについて詳しく聞いたことはなかった。

義理の両親とは言え、離れて住んでいれば現代ではそんなものなのかもしれない。

涼子の胸の内の詠嘆などまったく気が付かず、早苗はさっと足元に置いてあったボストンバッグを涼子に渡すと、さっさと歩き始めた。その様子は東京駅に果たして迎えに来る必要があったのか? といぶかりたくなるほどだった。

「あれ? お義母さん、高輪の新居に行くんですよね? それだったら山手線のほうがいいかも……」

涼子が慌てて声をかけると、早苗は笑顔でこちらを振り返った。

「お父さんも来なくなっちゃったから、ホテルはキャンセルしたの。シングルって割高でしょ? でもまだ新しいマンションに寝泊まりはできないから、私だけ今夜泊めてもらえる? 由真ちゃんたちのお友達用のお布団で大丈夫よ」

――そんなもん、狭い都心のマンションにあるかーっ!

涼子はショックのあまり、くらくらと眩暈を覚えながら、心の中で目一杯叫んでいた。

 
次週予告/
早苗との距離が近づくにつれ、危険な兆候が……?
構成/山本理沙

 

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