年上彼女の事情と年下彼氏の後悔
「それで秋野様は、どうして別れた彼女の分もフライト予約しまくってるんですか?」
咲月はズバリ尋ねた。話に夢中になっているようで、頭のどこかで時計を意識している。この16年、どんなことがあってもシフト時間に遅れて戻ったことはない。
「あれ? 僕、名前言いました? まあいいか……明日が彼女の誕生日なんですが、それを僕と一緒に、僕の祖母の家でお祝いさせてほしいって手紙を書いたんです」
「ええ? どういう発想です?」
もはや制服を着ていることを忘れて、咲月は眉を顰めた。
「い、いや、弁解させていただくと、僕、祖母に育てられて、ばあちゃんが親がわりで唯一の身寄りなんです。昔の人だから、気軽に彼女を会わせたことなくて、志保は会いたがってたのに、いつもはぐらかして帰省は自分一人で。だから今度こそ、祖母のところに連れて行って、彼女に結婚を申し込もうと」
「……彼女さん、三つも年上ですもんね。33と36じゃ、ちょっとギクシャクすることもあるかもしれませんね」
あれ? 僕、歳も言いました? と首を傾げる秋野に咲月は返事をせず、ラテをまた一口飲んだ。
秋野と、その彼女の年齢を正確に覚えていたのは、「自分たち」と同じだったから。
年の差と結婚のタイミングのズレに翻弄された去年までの自分を思い出しそうになり、咲月は小さく頭を振った。
今はそれどころじゃない。
「秋野様、事情はわかりました。それで、『今日、大阪行きのチケットを用意して、羽田空港で待ってる』とかなんとか言って、全便に予約を入れているということですね。いつ来てもいいように」
「そうなんです。大阪の最終便までずっと待ってる、って一方的ですけど伝えたので。彼女からは返事がないので、来てくれる可能性は……ないと思うんですけど。でも、最後くらい僕がこのくらいしないと、絶対戻ってきてもらえないと思って。長い間、待たせたり振り回したりしちゃったから」
「そういう場合は、まあ最終便にだけ予約を入れておいて、もしもっと早い便に乗れることになったらその場で前便に予約を変更するというのがおすすめです。もっとも、今日は午後ずっと満席だから、それも難しいのですが。今日は特別に、聞かなかったことにします」
秋野は、覚えておきます、と生真面目に頷いて、頭を下げた。
「もし、彼女がカウンターに来て、半信半疑で大阪行きに予約があるかどうか尋ねたら、絶対に『有ります』ってグランドスタッフの人が答えてくれるようにと考えてしまいました」
その優しい、少し情けない笑顔に、咲月も力が抜けて微笑んだ。
「予約入れまくるのはスタッフとしてはどうかと思いますが、個人的には、ちっとも嫌いじゃないです、秋野様のお話」
ロビーが一層ざわめきを増した。
「じゃあ、私、もうすぐ休憩が終わるので、失礼しなくちゃ」
ラテを飲み干すと、咲月は笑顔で立ち上がった。秋野はハッとしたように時計を見ると、自分も慌てて立ち上がった。
「僕も行かなくちゃ。カウンターの前、三番時計台で待ってるって言ったから、最終便までは待ち続けます」
健闘を祈ります、と咲月は畏まって敬礼の仕草をした。
「カウンターでお待ちしております。くれぐれも、お乗りにならない便のキャンセルは、出発20分前までにお願いしますね!」
秋野は、嬉しそうに何度も手を振って、それから忠犬ハチのように三番時計台の下に走っていった。
その30分後。いよいよ大阪伊丹行きの最終便の搭乗手続き締切が近づいてきた。
「さあみんな、今日のクライマックス。伊丹最終、ド満席どころかオーバーブッキング。気合い入れて行きましょう」
カウンターの責任者として号令をかけた咲月は、視界の端、時計台の下で祈るように周囲を見回す秋野の姿を捉え、胸の辺りがぎゅっとなるのを自覚した。
夜の羽田空港で、奇跡は起こるのか……?
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