「私の1000円を盗られたの」
「それで、どうなのよ、お義母さんとはうまくやってる? 引っ越してきて1カ月くらい経ったよね」
仕事の昼休み、涼子と同期の美佐は近くのビストロでランチをしていた。
「うん……まあなんとかねえ。平日はこっちも忙しいし、向こうもふるいお友達と会ったりしてるみたいよ。週末はなんだかんだ、1回くらい一緒にご飯食べてるかも……」
「距離近い! 近い! 週一って頻度多すぎ、涼子ったら感覚麻痺してない!?」
「そうかなあ、まずいよね? でもさ、お義母さんて、無茶な要求をするわけじゃないし、意地悪するわけでもないのよ。その時はまあ、いいかなあって思う範囲ではあるの。なんだけど、なんかこう、積み重なるとモヤッとするのも確かなのよー! だけど、義理とは言え親だし、難しいよね」
すると美佐は、しんみりした表情で声のトーンを落とした。
「そうだよねえ。うちのニクたらしい義母もさ、ついに認知症になっちゃって、介護付きホームに入ってもらったの。もちろん、お義父さんは長年の不仲が祟って在宅介護なんて拒否、昼間は私も仕事だしね。でもその介護付きホームが高いのなんのって」
「え!? そうだったんだね、大変なのにしょうもない私の愚痴を聞かせてほんとにごめん。……在宅で義理の母の介護なんて、できないよね、生活費稼ぐだけで精一杯だよ。介護付きホームって、どのくらいするものなの?」
「まだ後期高齢者じゃないからね、入所金をある程度の金額、納めたとしてもうちの施設だと月23万円はかかるかな」
「ほ、ほんとに!? それはうちには無理だ……今から二人、高校と大学に通わせなきゃならないのに」
「だよねえ。うちも火の車だよ。でもさ、面会に行くとね、もう私のことはよくわからないんだけど、毎回『私のお金、どこ行ったの? 1000円大事に隠しておいたのに、あの酷いお父さんが盗って行ったの』ってシクシク泣くんだよね。それ見てさ、今まで義母は困った人で、義父は災難だ、くらいに思ってたんだけど、お義母さんにしかわからない苦しみがあったんだろうなって思って。人って、本当の気持ちは、いくら義両親でも、ちょっとやそっと付き合っただけじゃなかなかわからないよね」
美佐は、穏やかに微笑むと、ランチサラダをモリモリと咀嚼した。
月額数十万の老人ホームで、千円を夫に盗まれたと泣く老いた妻。
もしかしたら違う結果にすることもできたのかもしれないし、不可抗力だったのかもしれない。認知症になると、長年一番気がかりだったことを繰り返し口にすると聞いたことがある。本人が長い間耐えてきたこと、隠してきたことがつまびらかになってしまうとしたら、なんて恐ろしいんだろう。
義母の早苗は、果たしてそうなった時、何を言うのだろうか。一つ言えるのは、涼子には見当もつかないということだ。義理の両親とはいえ、他人。何でも理解しているなどと言うつもりは毛頭ない。でもそれどころか、ほとんど何も知らないのかもしれない。
その時、スマホが細かく振動した。学校だったら大変と急いで手に取ると、早苗の番号。反射的に電話に出る。いくら傍若無人な義母とはいえ、就業中だとわかっていてかけてくるからには急用だろう。
「もしもし? 涼子さん? あのね、ちょっと相談したいことがあるの」
涼子は早苗の第一声に、胸がドキドキするのを抑えられず、思わず唾を飲み込んだ。
早苗の相談を聞いて、涼子は思わず……?
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