嘘も方便。咲月がついた、最後の嘘
「はい、大阪伊丹行きでございますか? あいにく19時30分発が最終便ですので、今日はもう……」
にこやかに答えながら、素早く女性を観察した。咲月と同じくらいの年齢。黒くて素直な長い髪を一つに結んでいて、白いシャツにペンシル型のスカート。肌やメイクの感じはどことなくオフィシャルな雰囲気に洗練されていて、働いている女性であることが窺えた。
「そうですか……もう出てしまいましたか。ウジウジしていたバチが当たったな」
自重気味に笑う彼女は、間違いなく相澤志保だと、その時咲月は確信した。
「相澤志保様! もしかして、本日中に、秋野 律様と大阪に向かわれるご予定ですよね!?」
「え? ええ、はい、そうしたかったんですけども……私、名前どっかに書いてありますか?」
ギョッとした表情で、志保は思わず手荷物の周りを確認している。
「相澤様!! そこにいらしてください、どうか、もう少しそこに。どうか、そのままで。お願いですから、少しだけ、どこにも行かないで、あちらに座っていらして下さい」
怪訝そうな志保を、3番時計台の下のソファーに連れて行き、懇願する咲月の頭の中には、マニュアルはとっくに消え去っていた。
大阪にあの二人を送る。今日、どうしても、必ず。
「中坂さん! 夕方iPhoneを落とされたお客様の、引き取りサインてまだカウンターにある?」
「え? ああ、はい、今からバックオフィスに持って行くところです」
咲月は急いで用紙に記入された電話番号に、カウンターから電話をかけてみる。
秋野は電話に出なかった。
「んもう! どうして肝心な時にいないの!? 朝から待ってたんでしょうが!」
思わず受話器を叩きつけるように置くと、咲月は少し離れた3番時計台の下を見る。志保は所在なさげにまだ、そこに座っていた。
「もう、しょうがない、こうなったら事情を……」
その時、夕方に入ったコーヒーショップの紙袋を持った秋野が、ニコニコしながらにゅうっと目の前に現れた。
「お疲れ様です。今日は1日、本当にご迷惑をおかけしました。これで僕、諦めがつきました。もうお客様もほとんどいないし、せめてこれ、差し入れさせて下さい」
咲月は、危うく秋野に飛びつきそうになった。
「秋野様!? お帰りになっていなかったんですね?」
「帰ろうと思ったんですけど、カウンターがクローズするまでは、一応。はは、僕、諦めの悪さはピカイチなんです」
「秋野様、大正解です。大阪行きは、伊丹行きだけじゃないんです。21時の関空行き、お忘れですか?」
咲月が、満面の笑顔で時計台の方向をてのひらで示すと、秋野は「あ」と小さく叫び、思わずコーヒーの入った紙袋をカウンターに置いた。
「そして秋野様のお持ちのチケット、払い戻ししなくて良かった。近接空港扱いですから、伊丹と関西、行き先はどちらでも変更できるんです」
「え!? じゃあ関空ならこのまま……?」
咲月はにっこり笑って頷いた。
「おばあさまのお家、お二人で行っていただけるんです! でも今夜はきっと、到着する頃には終電はないと思います。関空近くの素敵なホテルで相澤様のお誕生日を誰よりも早くお祝いしてはいかがでしょうか?」
咲月は素早く秋野の航空券を受け取ると、それを関西空港の最終便にチェックインし、PCで調べた素敵なホテルリストをプリントアウトすると秋野に渡した。
最終電車がない、などというのはもちろん、嘘だ。
「良いご旅行を。秋野様。粘り勝ちですね」
秋野は、一瞬泣きそうに顔を歪めると、大きく頷いて、頭を下げた。
「コーヒーは、せめて山本さんが召し上がって下さい」
走って志保を迎えに行く秋野は、もう振り返ることはなく、咲月はやれやれと安堵のため息をついた。
「本来差し入れはいただけないんだけど……今日はとってもいい働きしたから、まあいいかあ」
「おや? 咲月さん、このコーヒーは? ていうか、あそこでカップルがめっちゃ手を振ってますよ? お友達ですか?」
「まあ、そんな感じ。ねえ、優子ちゃん、この仕事って、人生のキラキラした瞬間がいっぱい見られて最高だよねえ」
「なんですか、妙にポジティブですね。まあー自分の人生は、なかなかキラキラしませんけどねえ! 終わったら1杯行きますか?」
二人は親指を立てたOKサインを交わすと、1日の仕事を終えるため、それぞれの持ち場についた。
グランドスタッフ優子には、密かに悩みがあって……?
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