優子の秘密とみゆきの気持ち


「こんにちはみゆきちゃん! 待ってたよ、ここに座ってお母さんを一緒に待とうね。飴、よかったらどう? 喉は乾いてない?」

オフィスに入ると、待ってましたとばかりに咲月がデスクから立ち上がり、駆け寄ってきた。他の仕事中のスタッフも、皆事情を知っているのでニコニコしながらこちらの様子を伺っている。全員がみゆきちゃんを温かく見守るなかで、しかし当の本人は義務のように部屋をぐるりと眺めると、こう言った。

「あの、もうここ見たから、3番到着口に行ってもいい?」

 

到着口は、旅客や迎えの人が入り乱れてリスクが高い。母親との待ち合わせ時間ギリギリまでバックオフィスにいた方が安全だ。フライトを変更したとはいえ、もしも父親がずっと待ち構えていたら、接触してくるのはそこしかない。

「みゆきちゃん、あと20分くらいだからお姉さんたちと一緒にここで待ってよう?」

優子は焦りから少し強い口調になってしまう。

「いいの、ちゃんとベンチに座ってるから、一人でも大丈夫。もう行きたい」

みゆきは頑なに首を振ると、リュックからポストカードと電話を出して握りしめた。母親に少しでも早く渡したいのだろう。

 

しかし優子が1人でロビーに付き添っても、万が一の時は分が悪い。オフィスの一画で遠巻きに顛末を気にしている課長も困惑顔だ。

その時、咲月が雰囲気を変えるように手をぱちんと叩く。

「わかった! じゃあしっかり手を繋いでお母さんのこと到着口で待ってよう。お姉さん、実はちょっと休憩したくて、3人で一緒にベンチに座っておしゃべりしてもいい?」

みゆきは勢いに押される形で頷き、咲月は「じゃあ3人でいこう!」と笑顔で優子を見た。

こういうところだ、優子が咲月に敵わないと思うところは。

咲月はいつも、どんな時も「お客様ファースト」。優子は、ほんの10分前にみゆきの旅の思い出を演出しようと誓っておきながら、ちっともみゆきの希望を聞いていなかったことに思い当たる。子どもの気持ちがまるでわかっていない。


だから、実の子どもを捨てることができたのかもしれない。


優子はきっと、人と少し違うところがある。元夫に、子どもの産めない再婚相手との子として育てたいと言われて、まだ1歳だった自分の子どもをやすやすと渡してきたのだから。それから6年、今日まで1度も会っていない。

きっと何かが欠けている。人として、母として、絶対的に。

「さあ、みゆきちゃんを送っていこう」

咲月が、笑顔でみゆきちゃんの右手をとり、左の手は優子と繋ぐように促した。

そうだ、今は個人的なことはどうでもいい。みゆきちゃんを守らなければならない。優子はみゆきちゃんの手を握った。緊張しているのか、さっきよりも少し冷たい。

優子と咲月は、顔を見合わせて大きく頷くと、トランシーバーを装着し、到着口に続く階段を3人並んで降り始めた。

次週予告/
みゆきちゃんは無事、母親のもとに帰れるのか?
構成/山本理沙
 

 

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