ベテラングランドスタッフの慧眼


「お母さん、そろそろ来るね。退院して元気になって、本当に良かった。夏休みは、お友達と遊んだりするのかな?」

咲月が、戻ってきたみゆきちゃんに横を向かせ、おさげのヘアゴムを結び直しながら笑顔で尋ねた。偶然にも父親にはみゆきちゃんの表情が見やすくなる。

「うん、同じマンションにクラスのお友達がいるから、毎日会える」

「そう! それはいいねえ。私もこのお姉さんとおうちが近くて、一緒にご飯食べたり遊びに行ったりするんだよ。お友達の存在って心強いよね」

「そうなんだ。お姉さんのパパとママは? 一緒にいない?」

「うん、実はここだけの話だけどお姉さんたち、みゆきちゃんより30年くらい長く生きてるのよ……。あ、おばさんていうのはナシね? だからパパとママとは、もう別のおうちなんだ。みんないつかはパパとママのところから巣立つんだよ」

「淋しくない?」

みゆきは、ささやくように尋ねた。咲月は、その質問を予想していたように、笑みを深くして首を振る。

「淋しくないよ。離れてても、家族だもん。大丈夫、大人になったら、自由に会えるようになる。頑張って生きてれば、意外なことがたくさん起こるんだから」

 

元夫に、娘を渡した日。

灰色の空からちらちらと雪が降って、世界中から音も色も消えていた。ただ、自分に言い聞かせ続けた。実家も裕福な元夫のところで育ったほうが、年収300万円で不規則なシフト勤務、頼れる親もいない自分のところで育つよりもきっと幸せになれる。

 

幸いまだ物心もついておらず、夫の再婚予定相手は実子を望めない身体で、子どもを引き取ることを望んでいるという。ただし条件は、今後一切、母親として接触しないこと。

娘が幸せになる確率が一番高い方法を取った。髪一筋ほども、自分のことは考えなかった。

「大人になったら、自由に会えるんだ? じゃあみゆき、はやく大人にならないと」

「そうだね、大丈夫、必ずそんな日が来るよ」

咲月はにっこり笑うと、みゆきちゃんの背後を指さし、「あ! あれママじゃない?」と大きな声で言った。その声を合図に背後の男はさっと席を立ち、その場を離れる。優子も、少しだけ迷ったが、何も言わずにベンチから立ち上がった。

「みゆき! みゆき、遅れてごめんねえ、1人で帰ってきて偉かったね。大丈夫? 誰も来なかったわね? すみません、本当にありがとうございました。良かった……!」

母親は、うっすらと涙を浮かべてみゆきちゃんを抱きしめ、優子と咲月に深く頭を下げた。

「いえ、道中なにも問題は起きませんでした。みゆきちゃんは素晴らしくお姉さんでした」

咲月が母親と会話している間に、みゆきちゃんは小さく、とても小さく胸の前で手を振った。きっと視線の先には、あの男がいる。優子は、せめて母親がそれに気付かないように、咲月たちの会話に集中するふりをした。

みゆきちゃんは、今日、一番子どもらしい笑顔を見せた。

「無事に引き渡せて良かったねえ」

2人を見送ったあと、咲月が小さく伸びをした。どうなることかと思ったが、無事にミッションを完了できて安心しているのだろう。

「お父さんにもカード渡せて良かった」

「ええっ!? 咲月さん、気づいてたんですか!?」

素っ頓狂な声を上げる優子に、咲月は甘いわね、というふうに人差し指を左右に揺らした。

「ちなみに優子ちゃんが気づいてることにも気づいてた」

「咲月さん……さすがです」

優子は思わずうなった。

咲月はきっと、優子がみゆきちゃんを見て、何を考えたか、誰を思い浮かべたのか、きっとそれも分かっている。詳しいことを話したことはない。バツイチで、子どもは遠いところに住んでいる、ということは話したことがあるけれど、それから1度もその話題に触れることはなかった。知っていて、訊かないことで優子の心を守ってくれていた。

「みゆきちゃん、大人になったらお父さんに会えるかな?」

優子が、少しだけ涙声になっていることにも、気づかないふり。

「会えるよ! あの子賢そうだもの、そう遠くなく、きっとまた会える。生きてれば意外なことがたくさん起こるのよ。空港で毎日見てるじゃない。だから毎日、一歩一歩、つないでいこう!」

咲月は優子を励ますようににっこりと笑うと、OKサインを出して手招きした。

今はまだ、そんなことは、ちっとも信じられないけれど。友達の優しい嘘を、胸に抱いて。

優子は、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと顔を上げた。

次週予告/
1人息子が、はじめて連れてきた彼女。予想外すぎて、絶句した母は……?
構成/山本理沙
 

 

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