最高の誕生日の、そのあとに


「お母さん、お誕生日おめでとう!」

日曜日。久しぶりに銀座まで買い物に行き、ケーキや惣菜をデパートで買って帰宅した早穂子は、リビングのドアを開けると同時にクラッカーを鳴らされ、目を白黒させた。

「え! どうしたの、光輝は今日接待ゴルフだって……真凛さんも健診だって……陽一さんまで」

「お母さん、今日誕生日じゃないか。真凛が会社に新しい家族構成を届けるときに気が付いたんだよ。世話になってるから、今日はサプライズパーティ!」

「おかーさーん!! お誕生日おめでとう、今日は私がゴハン、作ったの、座って座って!」

早穂子が促されてテーブルを見ると、ビーフシチューやサラダ、こんがり焼けたバゲットとチキンという、まるで小学生が喜びそうなメニューだった。それでも真凛が身重の体でせっせと作ってくれた姿を思い浮かべて、早穂子の涙腺は崩壊する。

「まああ……。真凛ちゃん、光輝も陽一さんも、ありがとう」

ずっと3人家族だったので、1人増えただけでもにぎやかファミリー感が増したように感じられる。真凛が提案してくれたというのもなお嬉しい。早穂子は泣き笑いでテーブルに着くと、ノンアルコールで乾杯をした。

「もうすぐ食卓が5人になるのねえ。待ちきれないわ」

早穂子は意外なほどに美味しい牛タンのシチューを味わいながら、しみじみとつぶやいた。

「お母さん、気が早いよ、子どもが生まれても、すぐ食卓は囲まないし、その頃には新しい家も探すしね」

光輝は、最近早穂子と真凜の雰囲気が良好なことがよほど嬉しいらしく、上機嫌だ。なんだかんだ言って、この同居は家を明るくしてくれている。早穂子は、それをさらに確かなものにする方法を、満を持して提案することにした。

「そのことなんだけど……。この前お父さんと相談したんだけど、もしも光輝と真凛ちゃんが良かったら、この一軒家を2世帯住宅に改築して、一緒に住むっていうのはどうかしら?」

 

「え!?」

真凛がかじっていたバゲットを放り出して目を丸くしている。早穂子は慌てて続けた。

 

「もちろん、いやだったらいいのよ。ただ、真凛ちゃん、お仕事続けるんでしょ? 光輝はこれからますます忙しいし……保育園に通うにしても、送り迎えとか、少しなら手助けできると思うのよ。幸いこの家、バスルームもトイレも1階と2階にそれぞれあるから、改築して、外階段をつければ、独立した2世帯にできると思うの。こんな家でも2億円以上の価値があるわ」

「……おかーさん! ありがとう、そんなに私たちや赤ちゃんのこと考えてくれて……! 私、実家がないから、子育てと仕事を両立できるか本当に不安で……。もしおかーさんがいろいろ教えてくれたら、とても嬉しいです。仕事もこれから頑張りどころだから、不安だったの。ベビーシッターを雇いたくても、お給料ってなかなか上がらなくて」

「まああ……こちらこそよ、この歳でこんな思いもよらない展開があるなんて思わなかったけど、2人のおかげかもしれないわね。この家はゆくゆくはあなたたちが相続してずっと住むんだから。ご近所のお付き合いもあるし、若い頃から住んでた方がなにかとスムーズよ。このあたりのしきたりもね、すこしずつ教えるわ」

早穂子の胸は一杯になる。そうだ、真凛が東京の上流家庭の作法をなにも知らないならば、自分が示せばいい。お手本になって、家庭を守る姿を見せれば、これまでそういうものに無縁だった真凛も勉強できるに違いない。それまでは、自分が子育てや家事を引き受けて、お手本を示そう。

「おかーさんて、本当に優しい。さすが生まれながらのお嬢様、何でもできるお母さんの鑑。私、これで仕事に打ち込めるし、いろいろ安泰」

真凛はそう言うと、にっこりと笑って、バゲットを口に放り込む。

なんだかその笑顔が、これまでとはほんの少しだけ、違っているような気がした。

早穂子は目をしばたたかせる。

「さあ、お母さん、お誕生日会だよ、どんどん食べて。あとで僕たちから誕生日プレゼントもあるんだ」

「え!? そんな、いいの、いいのよ」

光輝の言葉がこそばゆくて、思わず首を振る早穂子に、真凛がリップがたっぷり塗られたピンク色の唇で微笑む。

「おかーさんたら。……まだまだ『計画』は始まったばかりですよ。何もかも、ここから、です」

その声音を聞いて、早穂子は真凛の顔を見ようとしたが、それより一瞬はやく、真凜はキッチンにすたすたと歩いていく。

「おかーさん、ハッピーバースデー! 何もわからない嫁ですが、これからずっと、ずうっとよろしくお願いしますね」

何かヒヤリとしたものが胸をよぎって、慌てて小さく頭を振る。今、早穂子は自分に小さな嘘をついたことに気づいていない。

早穂子と真凛は、にっこりと微笑みあって、グラスを傾けた。

次週予告/
ママ友同士の「適切な距離感」は、永遠の命題。
構成/山本理沙
 

 

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