全ての母が子どものためなら料理上手になれるという幻想
明菜だって、体にいい手作り料理で体調管理をする、というのが受験生の大切な母の役割であることは理解していた。しかし苦手な料理はどうにもやる気が起きず、週に２回来てくれるお手伝いさんと、Uber Eatsに丸投げの状態だった。そしてそのことは、決してママ友の多香子たちに知られたくない。「絵里花ちゃんたちのお弁当はいつもすごく美味しそう」という娘の言葉を覚えていた。後ろめたさから言う必要のないことを口にしてしまう。
「良かった！ 実は今日から、新しい家庭教師の先生を頼んでて、あと30分で急いでご飯食べさせないとならないのよ」
「ええ！？ この時間から？ 塾で4時間も授業受けたあとなのに？」
多香子の目に、かすかな非難の色が浮かんでいる。明菜は、それが今一番聞きたくない言葉だと思った。教育虐待、という言葉を目にするたびに、自分が今、どこに立っているのか、背筋が冷たくなる。熱心と狂気の境界は、6年生の直前期に、あいまいになっていた。
反論しかけると、後ろからもう一人のママ友、成美が身を乗り出してきた。
「すご〜い、さすが明菜さんのネットワーク。それって1時間おいくらで頼めるの？ うちのマミも頼めないかしら？」
興味津々という様子に、どこかホッとする。非難されるよりは、一緒になって飛び込んでくれたほうがずっといい。敵に塩を送ることになったとしても。
「今日の家庭教師は人気なのよ、お正月も20万円で仮おさえしてるの。あ、成美さんも、もし他の家庭教師でもOKなら繋いであげる。多香子さんは？」
「課金沼」に一緒に堕ちればいい。でも、やすやすと有名家庭教師を紹介したりはしないけれど。
「あーあ、明菜さんも多香子さんも、すごいなあ。私、この時期になっても全然スイッチはいんないんだよねえ。どうしよー」
マンションに向かって歩きながら、成美がくりくりした目を困ったようにしばたたかせる。3人の中で一番おっとりと構えているのが成美だった。夏休みも2泊で軽井沢に行ったというから、驚愕だ。受験生に夏休みなどないとあれほど塾に言われていたのに、旅行にいくなんて、明菜からすれば考えられない。
しかし、悔しいことに、一番成績がいいのは、成美のところのマミだった。3人の志望校に、唯一合格率80％を模試で出しているらしい。亜美は40％だから、やる気が出ないといいながらその成績を出されては立つ瀬がない。
「スイッチ入らなくてその成績なんて羨ましいよ。うちももっといい先生、探さないと。併願戦略を組んでくれるプロがいるってきいたのよ、その子の得意不得意を見極めて、問題の傾向が似ていて、効率よく対策できる併願校を探してくれるんですって」
こうなったら、とにかく最短距離を示してくれるプロの力を借りるしかない。できることは全部やる。お金で解決できるならば安いものだ。
明菜はヒールを鳴らしながら、キラキラと輝くマンションのエントランスロビーを横切っていく。
その時、成美が2人のママ友に対して考えていたこととは？
第１回「美しき大黒柱の43歳に突然届いた、非情ながん検診結果。その時彼女がとるべき行動とは？」＞＞
第２回「「がんになった」と誰にも言えない。43歳で突然の「乳がん宣告」を受けた女性の迷い」＞＞
第３回「8歳年下と「結婚を考えない真面目な交際中」に乳がん発覚。43歳の彼女が一番に調べたこととは？」＞＞
第４回「周囲に離婚を言えない「シングルマザー」。８年越しの大恋愛から一転、子連れ離婚した女性の葛藤」＞＞
第５回「「好きな人ができた」出会って18年目の離婚。38歳妻の身動きを封じた夫の告白」＞＞
第６回「離婚後、誰にも頼れない...。38歳シングルマザーの窮地を救う「思いがけない発想の転換」とは？」＞＞
第７回「26歳で大好きな夫との死別。17年かけて平穏を取り戻した妻の心を波立たせる「意外すぎるモノ」とは？」＞＞
第８回「「最愛の夫が、交通事故に...」妻を襲った悲劇。死別を受け入れられない妻の苦悩と決断」＞＞
第９回「彼は亡き夫の親友。でも今は...？夫を忘れられない妻が17年間断ち切れない記憶」＞＞
第10回「アラフォーに告白は必要？セカンドバージン43歳没イチ女子「今さら恋」の結末」＞＞
第11回「「人生で1番好きな相手」と結婚しないとダメ？37歳商社マンが抱えるふたつの罪悪感」＞＞
第12回「「あなたと結婚しなかったことを後悔」一番好きだった人にそう言われたら...？アラフォーを揺さぶる禁断の再会」＞＞
第13回「既婚男の理性を揺さぶる「会いたい」の一言。昔の恋人からのSOSに、彼の下した決断は...」＞＞
第14回「「主婦が10分で2万円」の散財。40代、推し活は突然に...画面越しに覚醒した恋心」＞＞
第15回「推し活費、それは人生の光熱費...！43歳主婦の人生を明るく照らす「推し」のパワー」＞＞
第16回「43歳の恋が「禁断の一線」を超えた...出費20万円の行方とは？【推し活日記】」＞＞
第17回「「禁断の彼氏」バースデーで向かった先は...！？43歳が赤面した電話の相手【推し活日記】」＞＞
第18回「コロナ禍でCAがYouTuberに！？「桜子さん」になり損ねた美人CAに衝撃の辞令」＞＞
第19回「20歳年下の後輩に愕然...なぜそのメイク！？42歳CAが知った“本物のジェネレーションギャップ"【桜子さんにはなれなくて】」＞＞
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第25回「「中学受験に必要なのはお金と余裕」コンプレックスをエグられた母が頼った人物とは...？【シングルマザーの逆転大作戦③】」＞＞
第26回「「私、親ガチャに外れたんだ」育ちのいい夫の行動が、劣等感を刺激する...高卒妻の苦悩【シングルマザーの逆転大作戦④】」＞＞
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