中学受験母の孤独と、懺悔と


「それで、明菜さんが集めた情報によると、絵里花の第一志望校の志願者、新校舎完成の影響もあってかなり増えるみたいなの……。寄付金も、今まで任意だったんだけど、一口10万円で3口以上、って言われるみたいで。……このまま受けてもいいかなって」

その日の夜。深夜に帰宅した彰人にコーヒーを淹れながら、多香子はおずおずと相談をもちかけた。

「え？　絵里花はなんていってるの？　もう数カ月しかないのに、今から志望校って変えられるのか？」

日頃ほとんど志望校云々に関与していない彰人は、目を丸くする。多香子に任せているので、学校の区別もあまりついていないのだろう。

「うーん……変えるならば今が最後のチャンス、かな。でもいろいろ考えると……どうしようかなって」

「何？　金のこと？」

とたんに彰人の目が暗くなる。以前は多香子に対してそんなぞんざいな口をきくことはなかった。

「大丈夫、絵里花の学校くらいは問題ないから。そんな理由で、これ見よがしに絵里花が行きたがってる志望校変えるとか、やめてくれ」

 

「でも、学校って授業料だけじゃないのよ。遊びにいくにもお嬢様学校は桁違いだし、亜美ちゃんやマミちゃんよりももっと華やかな生活をしている子もいるんだよ。みんな塾や習い事にたくさんいくし……それに家族ぐるみの付き合いだって」

「……疲れてるんだ、もう寝る。とにかく、学校は、絵里花が行きたいところにしてやって。絶対なんとかするから」

――そうじゃないの、変えたいっていう訳じゃないの。ただ不安で、そういうの全部、相談したいのよ、あなたと。

家族だから。

胸の内でつぶやいた言葉は、もう寝室に行ってしまった彰人には届かない。

「絵里花が行きたい学校、か……」

彰人はいい父親だ。子煩悩とは言えないし、マメでもないから、わかりにくいけれど、絵里花の希望や夢を叶えるためにいつだって自分ができることを100％やっている。

それに比べて、果たして母親の自分はどうだろう。

塾の送迎も、お弁当作りも、教材整理も、もちろんなんでもしている。

 

でもそれは本当に絵里花のためだけだろうか？　そもそも絵里花の志望校も、多香子の「憧れ」が多分に反映されていはしないか。何もわからない小学生の娘を、たくみに身の丈以上の学校に誘導したのは、娘の努力に便乗して、通行手形を手に入れようとしたからではないか。

恵まれた家庭、賢い娘、幸福な母親の証を得たいという気持ちは、ゼロだった？

……やっぱりママ友は「友達」じゃない。こんなにしんどいときに、本当のことが言えないなら、友達なんかであるはずがない。

多香子は、1人、冷たいリビングで涙を流した。

入試本番は、3カ月後に迫っている。

次週予告／
ついに直前期。「極まった」母親たちの、思いもよらない落とし穴。
構成／山本理沙

 

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