「ママ友」には見られたくなかった


「成美さん! お疲れ様。……昨日、あれから大丈夫だった?」

よりにもよってどうして今日が最後の保護者会なのだろう。成美はひそかにため息をつきながらゆっくりと振り返った。開始時間ギリギリに塾に滑り込み、先生と顔を合わせないように一番後ろでメモをとり、終了したら誰よりも早く席を立ったのに、まんまと多香子に捕まってしまった。

「あ~、多香子さん、昨日はお見苦しいところを……ごめんね、絵里花ちゃんに良くない影響があったよね。まったくマミったら……」

日頃は意図的に丁寧にゆっくり話しているというのに、うっかり物凄い早口になってしまう。早く立ち去りたかったのに、立ち話をしている2人のところに、明菜までが駆け寄ってきた。

「ああ、明菜さんも、昨日はほんと迷惑かけてごめんなさい」

「迷惑なんてかけてないって、大変だったわね。何かの間違いだったんでしょ?」

明菜が成美の腕を引いて、人にきかれないように建物の外に出てくれる。おかげで10秒ほど、どう答えるべきか考えることができた。

「……ううん、間違いじゃなかった。しかも初めてでさえなかった。……マミ、夏休みのあとくらいから、カンニングしてたみたい」

ごまかすこともできたような気がするが、もう取り繕う気力がなくなっていた。ふと、「父親」ってこういうときのためにいるのかもしれないな、と思う。そうしたらこの罪悪感も哀しみも、分け合うことができたのに。

「え!? ……そうなんだ、マミちゃん、思い詰めちゃったのかな。やっぱり小さい子には受験て凄いプレッシャーだもんね」

多香子が眉尻をこれ以上は下げられない、というとことまでへの字にして肩を落とす。しかし明菜は、口をへの字の曲げると、ひょいと肩をすくめて見せた。

「答え写すのなんて、私高3くらいまでずっとやってたけどね! ほら、二人ともそんな深刻な顔しないで、人にケガさせたとかじゃないんだからいいじゃないの」

「はあ、え!? 明菜さん、カンニングしたことあるの……?」

成美は予想外の「慰め」に、毒気を抜かれて呆けたように明菜にたずねた。

「うん、だって男の子に『見せてー』って言うとたいてい見せてくれるからさ……私、2人と違って勉強してないから! 心配しすぎないで、あのちっちゃかったマミちゃんよ、何も変わってないわ。カンニングくらい、成長の証よ」

浮かんでいた涙も引っ込んで、成美は目をぱちくりさせた。昨日までの暗い深刻な気持ちから、少しだけ浮かび上がる。半日一睡もせず、震えるような心地で思い詰めていたのに。

「いやー、それは明菜さんの話であってマミちゃんのケースとはちょっと違う気がするけども。ま、でも、そうだよね、必要以上に話を複雑にしないほうがいいのかなって私も思う。わかんないけどさ、マミちゃん真面目だから、きっとショートしちゃったんだよね。ズルしてやれ、っていう気持ちより、必死だったんじゃないかなあ」

小さい頃からマミを見ている2人の言葉は、驚くほど素直に、成美の心に染みこんだ。「カンニング=悪」、とりかえしのつかない行為だと思い詰めていた。そんな風になってしまったのは母親である自分が性悪だからだと、突き付けられたのだと思った。

成美は、ゆるゆると息を吐きだした。同時に涙が、ぽろりとこぼれた。

 

「ありがと、多香子さん、明菜さん……」

 

ううう、とこみ上げる嗚咽をかみ殺して変な声がでる。受験直前、塾の前でうめき泣く母親なんて、みっともない。わかっているのに、成美はもう一度、うう、とうめいた。

働きながら、一人親で中学受験に挑むのが、こんなに辛いとは思わなかった。

専業主婦の多香子と明菜のように、なんとしてもマミを完璧にサポートしてやりたかった。勝たせてやりたかった。

「成美さん、うちにすっごく美味しいいただきもののケーキがあるんだよね。子どもたちが学校から帰ってくる前に、食べちゃおうよ。シャンパーニュもあけちゃう?」

明菜と多香子が、成美の両脇を固めて周囲の視線からさりげなく庇うと、腕を組んでマンションまでの道を歩く。女子高生みたいに。

「さっき、保護者会で先生も、『子どもたちの前で笑顔でいるために、お母さんはじゃんじゃん隠れて息抜きして』って言ってたしね」

2人ががっちり組んだ腕の熱さに、成美はまた、涙をこぼした。
 

次週予告/
近づく本番。多香子の娘・絵里花の思いがけない発言とは……!?
構成/山本理沙

 

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