最短距離が正解とは限らない


「亜美の成績、ちっとも良くならないの。あんなに個別指導に行ってるのになあ」

以前、学校別模試の終了を待つ間、あれは目黒駅近くのカフェだった。明菜が弱音を吐いたとき、珍しく成美が低い声でこっちをまっすぐ見ながら言った。

「成績は、自分の頭で考えないと、上がらないよ。家庭教師とか、先生によるけど、解説をきく一辺倒だと腹落ちしないんだよね。アドバイスは大事なんだけど、試行錯誤する時間が成績を上げる部分、絶対にあるんだよ。最短距離が正解とは限らない」

そのときは、何を言ってるのか今一つピンとこなかった。ただ、成美の真剣な目だけを、覚えている。

長年一緒にいる「ママ友」の、本気の声のトーン。

そして別の日。多香子がこうも言った。

「明菜さん、いつも『私は勉強、見られない』っていうけど、私もちんぷんかんぷんなんだよ。でもね、間違った問題に付箋貼ってすぐ復習できるようにしたり、膨大なテストやプリントをファイルしてあげたり、覚えられない漢字をカードに書いてあげたり、そういう地道なサポート、結構効果あったかも。大事なのは地道にコツコツ、かもよ」

よりによって、明菜の一番嫌いな言葉だ。地道、コツコツ。

要領よく、いかに賢く立ち回るか。それが明菜の人生のテーマ。それを揶揄する人がいても、負け犬の遠吠えだと思ってきたけれど。

多香子が発する「コツコツ」は、不思議と嫌な響きじゃなかった。

何か、清らかなおまじないのように。大切な、ヒントのように。

 

「……ねえ、亜美さ。ママ、実を言うと、亜美の勉強、なにやってるのかぜんぜんわかんないんだよね」

「……え? うん、まあそうだろうねえ、中学受験の勉強って、東大生でも解けない問題とかあるらしいからね」

 

亜美がすまして、でも少しだけ嬉しそうに鼻をならす。

「それなのにさ、ママ、いつももっとデキルとかもっとやれる、とかばっかり言ってるよね。もしかして、ずっととんちんかんだった? もしかして亜美……模試の解き直しもさ、家庭教師っていらない、とか思ってる……? まずは自分で考えたい、とか?」

すると亜美は、はっとするほど目を輝かせて、ピンと背筋を伸ばした。

「そう! そうなんだよね、せっかくママが連れてきてくれたおじーちゃん先生なんだけどさ……解説きくっていうか、じっくり考えたときのほうが、頭よくなる感じ、あるんだよね。前にママがノートのぞいて、『どうしてこの豆電球が暗くなるの? 2個あればもっと明るくなるんじゃないの? 並んでると電流が減るってこと?』って私に質問したことあるじゃない? あのとき、説明するために必死で考えたり勉強したりしたから、私今でもなんとなく電流、得意なんだよね。ママのおかげ」

「へ!? そんなことで? そんなんで役に立つの?」

明菜は驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「うん、ママが横であれこれ突っ込んでくれたりするとね、理解が深まる感じ、ある」

「……じゃあ、時給4万円の合格請負人つれてくる前に、まずはそっちをやるべきだったんだね……」

「私さ、もう充分、教えてもらったんだよ。ママが一杯、塾通わせてくれたから。あとは一生懸命、使いこなせるように自分が練習しないとね。これが一番、面倒くさいんだけど……。最後の2ヵ月、やってみるよ」

――じゃあ、ママも、それを信じる。

明菜は、静かに心のうちで誓う。

不安を、自信のなさを、課金と過活動で紛らわすのは、もう終わりだ。

大丈夫、自分では見つけられない答えにも、成美と多香子が、そして亜美がくれたヒントできっと辿り着く。遠回りでも、きっと。

明菜は、亜美の隣に座った。

次週予告/
そして迎える1月31日、決戦前日。3人の胸に去来する想いは?
写真/Shutterstock
構成/山本理沙
 

 

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