「あなたの分も、私が復讐してあげる」元妻の驚きの提案


「……騙されてたんですね。既婚者が独身のフリするのは聞いたことあるけど、既婚者だって嘘つかれてたなんて……」

長い沈黙のあと、このみがうめくように呟く。紗季は、沈黙したままコーヒーをすすった。

「許せない。私、彼が赴任先に会いにおいでよ、っていうから、いつでもいけるように仕事変えたんですよ。時差があるから、向こうの都合がいい時間に電話に出られるようにしたし、周りにも、彼が離婚に向けて動いてるって、そしたら結婚するんだって言ってるのに」

 

紗季は、あまりにも容易に想像できて、うーん、と呟く。そんな風に女を支配するのが、魔的に上手な男。そしてそんな男に簡単に騙される様子は、他人から見るとこんなにも滑稽で哀しい。まるで数年前までの自分だった。

 

「でも、前田さんは結婚する前で良かった、っていう考えもあります。私なんて籍入れたら目の前で散々浮気されたあと、お払い箱ですよ?」

このみは、顔を上げて紗季を見た。涙でアイラインが落ちかけている。紗季は受付嬢の必須アイテム、メイク直し綿棒を取り出して、このみの前に置いた。

「泣いてやる価値なんて、あの人にはないですよ」

「……許せない、復讐してやる。私、あの人のせいで3年も無駄にしたんですよ!? このまま泣き寝入りなんて、気が済まないわ。会社に乗り込んでやる!」

紗季は内心、ムムム、と唸った。

今日と同じ光景を、繰り返してほしくない。決して元夫のためじゃない。この女の子の人生の話。

「ねえ、前田さん。これ、ちょっと見て?」

紗季は、スマホを取り出した。退社する前に撮影してきた、消火剤がぶちまけられた21階の写真をこのみに見せる。

「これ、ついさっきの大捕り物。犯人はね、あの会社の男性社員の元恋人なの。秘密の情報なんだけど、特別にあなたに見せるわ」

「うわ……ひどい、フロア中ぐちゃぐちゃ……。その女性はどうなっちゃったんですか? 男性社員は?」

紗季は肩をすくめて首を振ってみせた。

「女の子は、警察に連れていかれて終わり。男性社員は、明日から何事もなかったように出社するわよ。そりゃ人事からお説教はあるだろうけど……逮捕されちゃった女性に比べたら屁みたいなもんね」

「屁……」

このみは呆然と紗季の言葉を繰り返す。会社に乗り込む、ということが実際にどういうことなのか、ようやく想像がついたようだった。

「実はね、ここだけの話だけど……私も昔やったのよ」

「えええっ!? 高梨……いや、あの、紗季さんも?」

「そうなの。高梨はあなたに、妻も社員、って言ったんでしょ? じつは正確には元社員なの。昔はあの会社に勤めていて、社内結婚だったっていうわけ。でも浮気されて、ブチ切れて会社で暴れたの」

「会社で? そ、それでどうなったんですか?」

「見ての通りよ。クビ同然で、まあ温情でグループ企業の派遣会社に回されて、何の因果か受付にいるのよ。内部に詳しいから便利だと思われたんじゃない? 高梨はその後、禊ってことで海外赴任に出されたけど……ちっとも懲りてないのはあなたも見た通りね」

このみは、押し黙って下を向いている。自分が、彼に振り回される女の一人であることに気づき、冷静になってきたようだ。

「ね? あなたが乗り込んでやるような男じゃないのよ。決めるのは自分。どうでもいい男のせいで、私みたいに人生狂わせることないよ。幸せになって、ざまーみろって言ってやるのはどうかな」

このみの赤くなった眼のふちから、涙がぼろっと落ちた。

「でも……このまま泣き寝入りなんて、悔しくて、悔しくて、私」

とうとう泣き出したこのみに、紗季はぐっと顔を寄せ、囁いた。

「大丈夫、なんのために私が笑い者になりながらここにいつまでも居座ってると思う? 復讐するためよ。あの男が本社に帰ってきたら、いろんなことぶちまけて、会社にいられなくしてやるの。今、そのための準備期間。

だから、あなたはもうバカなこと考えないで、さっさと忘れて自由になって。落とし前は、あなたの分も私がつけておくから」


最後の嘘


「あー、出社時間に限ってひどい雨でしたねえ。昨日は本当にお疲れ様でした。でも見ました!? 元凶の亀山さん、今日もフツーに出社してるんですよ! ほんと、あの女の子、報われないですよね……」

翌日、受付スタッフの控室は昨日の事件でもちきりだ。早く到着してすでに着替えを済ませた紗季は、のんびりとほうじ茶をすすりながらうんうん、と頷く。

「そう言えば! この前紗季さんを訪ねてきた切羽詰まった感じの子、どうしたんでしょうね? また変なことにならないように、よく見てなくちゃ。それにしても紗季さんてほんと受付のプロですよね。昨日も犯人の子、受付票見ただけで当てるとかもはや超能力ですよ。なんで分かるんですか? やはり元ご主人に群がる女を蹴散らした頃の勘!?」

「ないない、そんな勘。私はねえ、ただ女の子が傷つくのを見たくないのよ。

……そのためなら、はったりをね、少々」

後輩たちは何のことかわからず、目をぱちくりさせている。

紗季は、ここ最近で一番、晴れやかな顔で笑った。

幸せになることが、心を踏みにじられたときの唯一の復讐だ。

負けはしない。今日が無理なら、明日。明日が無理なら、明後日。

「さあて、今日は仕事納め。良いお年をお迎えくださいの気持ちで、お客様をお迎えしましょうね」

ビルの外はいつの間にか、雨がやみ、晴れ間がのぞいている。

Fin.

写真/Shutterstock
構成/山本理沙
 

 

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