こんにちは、エディターの昼田祥子です。
5度目のがんで闘病中の父。10年以上も前、初めてのがん宣告を聞いたときは相当落ち込みましたが、今となっては「えっとこれ何回目だっけ!?」みたいなノリ。受け入れる家族としても少し免疫がついてきました。
幸い、普段どおりの生活を送ることができ、言われなければがん患者には見えない働きぶり。父は65歳で退職してから、子ども会や町内会など地域の仕事をいくつも引き受けていて忙しいのです。がんが発覚してからも精力的に仕事をこなしていました。いやじっとしていても、暗くなるだけだから……というのが父の本音かもしれません。
5回目の今回が今までと違うのは、手術ができないこと。1年以上も続いている抗がん剤治療と先が見えない不安。一体いつになったら終わるのだろうか。弱音を聞いたことはないけれど、父はどれほどの苦しみに襲われているのだろうか。時折見せる不安な顔が物語っていました。
そんな父をサポートする母は、頑張り過ぎて体調を崩し、寝込む日が増えていました。弱っていく両親を前に、娘の私ができることはなんだろう。そう思いながらも実家に帰るたびに一刻も早く逃げ出したくなってしまう私。だって、モノが多すぎるんだよ!
両親は介護をきっかけに、隣に建つ祖父母の家に移り住みました。祖父母が生きていた頃は葬式も法事も家で行うのが普通。めったに使うことのない大量の食器や何組もある来客用布団……。祖父母が持っていたモノがそのまま残っていました。もったいないが口ぐせで捨てることを知らない母と、捨てるところまで手が回らない父。きれいになることはなく年々モノが増えていき、埃をかぶっていくだけ。愛されないモノが放つ不穏な空気のせいで、いつしか実家に帰るのがストレスになっていました。
どうせ親は変わらないのだ。捨てられない人はずっと捨てられないのだ。モノがなかった時代を生きた親世代には「捨てる」なんて無理な話なのかもしれない。両親が生きているうちは家の片付けはできそうにない。死んだら業者を入れて一気にやろうというのが姉との共通認識でした。
いや、ちょっと待って。今日が父に会える最後になるかもしれない。だったら言わずにはいられない。腹にぐっと力が入った。
「なぁ、お父さん。7年前に私は服を1000枚捨てた。服という一番大事に思っていたモノを捨てた。それでわかったことがある。それはな、手放せばその人に必要なものが入ってくる。姿形を変えてブーメランのように必ず戻ってくるんよ。お父さんはモノなんて別に捨てなくてもいいと思っている。けどな、この家は使われていないモノがたくさんあって、明らかに不自然なことになってる。不健康な家は、住む人を不健康にする。なぁ、それが今のお父さんとお母さんなんよ」
はじめて聞く娘の断捨離話に、母は目を丸くしていました。言わなかったのはこんな話をしても親に響くはずがないと思っていたから。「1000枚も持ってたの!?」と驚く父。
「なあ、お父さん。このまま抗がん剤治療をすること以外にできることはもうない。もうどうしていいかわからんじゃろ。だけどやれることが一つだけある。それはな、モノを捨てるってことなんよ。なぁお父さん、私は服を捨てて不調が治った。いつか使うから手放せないと思い込んでた仕事の資料を捨てた次の日、まーちゃん(娘)の妊娠がわかった。友達は仕事を辞めて、やりたいことを見つけた。溜め込みすぎた本を捨てて、優良企業に転職した人もある。なぁ、お父さん。みんなちゃんと必要なものが入ってきているんよ」
聞けば父が一番手放せないというのが、意外にも祖父のものでした。農業の研究者であり、本を何冊も書き上げた祖父は、父にとって偉大な存在だったのだと思います。
「なあ、お父さん。人それぞれ一番手放せないものがあって、それが人生を大きく詰まらせている。お父さんの場合は、おじいちゃんのモノだ。
お父さんは、おじいちゃんのモノが捨てられないんじゃなくて、モノを通してただおじいちゃんの存在を感じたいだけなんよ。それはモノがなくても今この瞬間、感じることができる。お父さんは、いつもおじいちゃんに守られている。今こんな状況になって、おじいちゃんに『助けて』って言いたいじゃろ? だから捨てるんよ。おじいちゃんが大事にしていたモノを捨てて、何が入ってくるのか見届けなさいよ」
気がつけば2時間、ぶっ通しで喋っていたと思います。
私が1000枚捨ててわかったこと。万人に働く「捨てたら必要なモノが入ってくる」というブーメランの法則。必要なものを得て変わっていく人を何人も見てきました。父にもこの法則が働くはずだから、私だって見届けたいと思ったのです。
死んでからじゃ遅いんだ。病気が消えるような奇跡でなくてもいい。病気を前向きに捉えられるようなご縁や情報、ひょっとしたら大丈夫かもしれない、と少しだけ心が軽くなるような出来事かもしれない。あるいは、病気のことを忘れてしまうほど夢中になれる何かかもしれない。
私の熱弁がきいたのか、父と母は目をキラキラさせていました。
「よし! 捨てる!! 」
病は気から。だとしたら、家の気を動かす。
諦めていた。親は変わらないって。
だけど私が体験したから言えること。
私の断捨離は両親のためにあったのかもしれません。
さぁ、姉も巻き込んで、一家総出の断捨離は始まったばかり。
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撮影・スタイリング・文/昼田祥子
構成/出原杏子
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